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2011年8月

2011年8月30日 (火)

超訳聖書、ふたたび

やっぱり「関口ふざけてる」とか思われるのでしょうか。「気持ち」を訳したいだけなんですけどね。

以下に「超訳」を試みたのは、十字架を前にしたイエス・キリストと使徒ペトロの対話なんですが、雰囲気的にこういう感じだったんじゃないかなと、ただ思っただけです。するどいツッコミには耐えられません。

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ルカによる福音書22・31~34

ルカ著/関口 康「超訳」

「おいおい、ちょっとそこ、聞いてる?シモンくん。ぼけっとしてないで、ちゃんと聞いててよ。いまちょうど大事なこと言ってるところだからさ。

でね、サタンてのがいてね、そいつがさ、きみたちのことを『脱穀してもいいでしょうか』とかコエエことを、神さまに願っちゃうわけよ。食えるヤツラと食えねえヤツラを分別したいんだってさ。

でね、神さまもダメとか言ってくれりゃあいいものを、『おお、いいよ、やってみな』とか言っちゃう。神さまって方もね、そういうコエエところがちょっとあるのよ。

まあ、でもね、ぼくはきみたちのために神さまにお祈りしといたよ、『もう、そんなヒデエ神さまとか信じられねえよ』とか、きみたちが言いださないようにね。

だからさ、たぶんこれからきみたち、スゲエ落ち込むことになっちゃいますけどね(だって、ぼく死ぬし)、そこから立ち直ったときには、ぼくらの仲間のことをせいぜい励ましてやってくれたまえよね、あはは」

と、イエスさんは言ったんです。で、イエスさんがそんな言い方するもんだから、シモンがキレて、

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ待ってくださいよ、何言うてまんねん、イエスさん。わては死ぬ気の覚悟で、今まであんたについてきたんですわ。どこでも行きまっせ。刑務所?死刑場?そんなの、ちょろいもんですわ」

とか言い出したりしたわけ。そしたら、そのときイエスさんがペトロに言った言葉が、なかなかなもんでした。

「ペトロくん、きみはいま、ぼくのためなら死ねるとか言ったよね?かっこいいね。

でもさ、それはいま、そう思ってるだけだよ、あはは。いざとなったら、『イエスとか、はあ?ですわ。そんな人、知りませんから』とか言うからね、大丈夫だよ。

ニワトリってさ、とりあえず毎朝「コケコッコー」とかデカイ声で鳴くわけだけど、あいつらが鳴く前にね、てことは今晩中にね、きみはぼくのことを『知らんです』とか、三回くらいは言うからさ。

別にいいよ、そう言っても、ぼくはゼンゼン大丈夫だから。ぼくはきみのそういうところを知ってるし、そういうところを含めて好きだわ。『知らん』とか言っても怒んないからね。逃げてもいいし。

まあ、ぼく死ぬけどね、ぼくのことは放っといてくれていいからさ。きみらは自分の命のほうを大切にして、ぼくらの仲間を守ってやってくださいな。死に場所、間違えたらいかんよ。」

【超訳の解説】

今回の超訳のオリジナルは、ある方のご質問に答えるために書いたものです。つまり、あるコンテクストが前提にあって考えたものです。

イエスさまがペトロの否認を予言できたのはどうしてでしょう(大意)とお尋ねいただきました。この件について私が考えてきたことは、イエスさまの予知能力だとか、霊能者イエスだとか、「なんでもズバリ言い当てられる。全知全能だ。だからイエスさまは神さまなのだ」的に解釈するのは間違いだ、ということです。

別にそういう意味ではなくて、イエスさまとペトロの親密な間柄の中で、ペトロの弱さを知り、かつかばうお気持ちをイエスさまが表わしておられるんだと思いますよ(大意)という返事をした際、この超訳が飛び出しました。

その方に書き送ったあと、大幅な増補修正しました。自分の読み方に固執するような意図などは皆無です。

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2011年8月23日 (火)

筆談の記憶

ち、あーあ、始業のチャイムが鳴っている。

またしても無為な時間を過ごさなければならない。うんざりだ。

「無為な」だって?まさか、そんなはずはない――はずなのだが。

教室に現われたのはカワバタのおっさん。世界史の教師だ。いやいや、のっけからなかなか興味深い話をしてくれる。まあ教科書どおりなのだが、「えー歴史というのは、古代、中世、近世、近代、現代といった感じに区分していくと、その動きというか流れをうまくとらえることができるようになるのでありましてー」どうたらこうたら。クルトゥーア・ペリオーデ(文化的歴史区分)とか言うらしいというのは、それから数年後、大学で学んだことだ。

しっかし、やっぱだーめだ、興味の集中力が続かん。睡魔が襲う。夢見心地に拍車をかけるのは、出来の悪い生徒は教師からいちばん遠い、優秀な生徒たちに迷惑をかけない、いちばん後ろの席に何となく追いやられていること。

いちばん後ろだが教室右側から二列目なので、外の景色は全く見えない。教室の右側は廊下側で、廊下の向こうには中庭があり、中庭の向こうには別の教室棟が立っているので、山も空も雲もどのみち見えない。「目のやり場に困る」とはこのことだ。女の子たちは授業中は無表情なので(そりゃ真剣に勉強しているわけだし)、見とれるほどの魅力無し。気温と湿度のやたら高い虚空には、カワバタちゃんのダミ声と、彼の目の前に座っている何人かの優秀な子たちの鉛筆のカリカリ音と、ミンミンゼミの鳴き声だけが響く。

ふと薄目で隣を見ると、ぼくと同類の子が「またやるかい?」と言いたげな目でニヤニヤしている。「またやるかい?」の内容は、筆談だ。その子の席は右端のいちばん後ろ。もっとも彼は、その後かなりがんばって優秀な成績を上げ、優秀な仕事に就いたようなので(「優秀な」の定義はともかく)、ぼくなんかと同類だったのは、ほんの一時のことだったと、彼の名誉のために言っておく。

彼は吹奏楽部所属、トロンボーン担当とか言っていた。演奏中の姿を見たことはない。若い頃の田村正和の目じりを、指でさらに吊り上げたようなフェイス。潜在的なファンは多かったらしい。何より、ぼくの半分しか体重が無さそうなスリムなボディ。

しかし、そこから先の記憶が全く正確でない。当時ルーズリーフなんてのを使っていたかどうか。はっきり憶えているのは小さな紙切れだったことだけ。ノートの端っこを破ったんだっけなあ。そんなことをした気はしないのだが。

その小さな紙切れに細かい文字が新たに書き加えられるたびに、ぼくと同類の子とぼくとの間を不断に往復し続ける。もうどこにも残っていないんだけどね。その紙切れは、我々の、なんていうか、細胞レベルの閉塞感を追っ払ってくれる、自由と喜びの輝きをもっていた。

カワバタちゃんの目を盗めていたとは思わない。時々ギョロリと睨まれたし。たしか一度だけ教室から追い出されたことがあったような気もする。あのね、ぼくらの脳みそって、実に便利なものらしいのよ。自分に都合の良い記憶だけを残し、都合の悪い部分は適当に殺処分してくれるという。だから、ほんとに忘れました。記憶にございません。

あれから三十年。キツネ目の彼は(あ、言っちゃった)どこで何してるんだろう。元気でいてほしい。ただそれだけだよ。

「FB高等學校文學部」開設記念随想、2011年8月23日)

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2011年8月22日 (月)

山岡洋一さん、ありがとうございました

たった今届いたメールマガジンに強い衝撃を受け、大げさでなく心臓が止まるかと思うほどの痛みが走りました。まだショックから立ち直りきれない。

私が日本で最も尊敬してきた一人の翻訳家であり翻訳理論家でもあった山岡洋一さん(62歳)が一昨日8月20日(土)に心筋梗塞で亡くなられた。同氏主宰のメールマガジン「翻訳通信」の号外を通じて、ご遺族が知らせてくださいました。

今月1日に第111号(2011年8月号)を受けとり、山岡さんの言葉の一字一句にいちいち首肯しながら、ほとんど舐めとるように読んだばかりでした。

山岡さんの主著となった『翻訳とは何か』(日外アソシエーツ、2001年)で翻訳論の新しい世界を教えていただき、爾来、私は変わった。たった一度だけですがメールのやりとりをさせていただいたことがあり、神学の翻訳を志している私に「翻訳の原点のような仕事に取り組んでおられて羨ましい」と温かい言葉を返してくださいました。

私の願いは、神学の翻訳をする人全員に山岡さんの本を読んでもらうことです。我々が根本的に間違っている部分を山岡さんの本が教えてくれたと思っています。

最もショックを受けているのは山岡さんのご遺族に違いないのですが、メールマガジンの読者(2500人以上)も今ごろ、私同様のショックを受けているところだと思います。まだ涙は出てきませんが、心の支えを失った感覚です。じわじわ来そうです。

書きこみをやめるという意味ではありませんが、今週(私の夏休み)は、偉大な翻訳家の生涯への敬意をこめて、喪に服したいと思います。

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東浩紀氏の「娯楽でしか繋がれないのは貧しい」という意見に同意します

ついさっきツイッターで東浩紀氏がつぶやいたことに触発されて、何か書きたくなりました。

東氏曰く、日本は「テレビと娯楽しかない国。ネットユーザーがいくら増えても、芸能人とアニメの話しかされない国。この状況はソーシャルメディアの普及ごときで変わるものではないと、もはや半ば諦めています。」納得ですね。

「年収1億でも年収100万でもみな同じアニメ見てるよね」と「娯楽で繋がる可能性」を肯定的に評価する人々に対し、最近の(とくに3.11以降の)東氏は距離を置きたがっている。「娯楽でしか繋がれないのは貧しい」と言っている。海外で「政治」が果たしている役割を担うものが、日本には無い(大意)。

今これを堂々と書ける東氏は、けっこう炯眼の持ち主のような気がします。

でも、「それ見たことか。言わんこっちゃない」というようなことを、私は口が裂けても言いませんからね。「今こそ○○の出番だ」とか「これからは○○の時代だ」とかもね。

でも、心の中では当然そう思ってますよ。思ってますよ、当たり前じゃないですか。

日本に決定的に足りないのは○○です。それが無いから、いまの状況になっているんです。

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2011年8月10日 (水)

Ustream「東日本大震災を経て」

今年3月11日の東日本大震災の発生前にしばらく続けていたUs​tream放送「ファン・ルーラーについて」をなかなか再開でき​なかった理由を話しました。

Ustream放送「ファン・ルーラーについて」の5回分は以下のリンクでご覧いただけます。

ここ(↓)です。
http://www.ustream.tv/channel/ysekiguchi

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2011年8月 6日 (土)

A. A. ファン・ルーラー著「神の国と歴史」(1)

何か新しいことを始めるときに抱負を述べることは、だれでもしていることであり、だれにでもできることである。だれにでもできるとは限らないことは、最初に述べた抱負に恥じない結果を出すこと。そして、その結果に至るまでの途中の努力を怠らないこと、だろう。

以下に訳出したのは、20世紀のオランダ人神学者A. A. ファン・ルーラー(Arnold Albert van Ruler [1908-1970])が、1947年11月3日、ユトレヒト大学神学部の教授(オランダ改革派教会担当教授)に就任する際に行なった記念講演の冒頭部分である。1947年といえば、第二次世界大戦の終戦直後でもあった。ヨーロッパの思想と文化の大混乱状態の中で「神学」がなすべきことは何かを真摯に問うファン・ルーラーの姿には今なお多くのことを学びうると確信するものがあり、訳しはじめた。

この論文については、とにかく最後まで訳すことをお約束する。全訳する価値がある名講演だと思う。

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A. A. ファン・ルーラー著/関口 康訳

「神の国と歴史」

(ユトレヒト大学神学部教授就任記念講演、1947年11月3日)


どの学問分野にも当てはまることだろうが、現代思想の分裂に直面して、自分自身が取り組んでいる学問的な専門分野と学問全体や文化との関係を明らかにする必要を感じているのは、他のどこにも増して神学部である。神学の仕事とは、神の前で、世の中で、人間であるとは何を意味するのかを問うことである。この問題は神学の問題だけではなく哲学の問題でもある。しかし、神学には神学なりの固有の問い方がある。我々神学者は、我々らしい方法を用いて、現代社会を揺さぶっている学問の危機という問題にかかわるのである。

自分自身の専門分野と学問全体や文化との関係を考え抜くことの必要性は、私自身がこれから担当することになる聖書神学とオランダ教会史と宣教学という三つの講義の準備をしてきた中で、強く自覚させられたことである。今は、神学とはそもそも学問なのかと問われている時代である。そしてまた、学問と文化の関係が危機的状況に陥っている時代でもある。そのような時代の中で神学者が取り組むべきことは、神学と学問と文化を結び合わせ、まとめあげることである。

私が苦心したのは、聖書神学とオランダ教会史と宣教学という三つの講義をどうすれば調和させることができるだろうかという問題であった。具体的に言えば、信仰の父アブラハムと、ユトレヒト大学神学部の歴史的創設者であるヒスベルトゥス・フーティウスと、オランダ改革派教会の宣教地であるパプア・ニューギニアの人々を全く同じ一つの視野の中で同時に見つめるためにはどうしたらよいのかという問いであった。それはまた、夢追い人と揶揄されたフードマーカーの言葉を持ち出していえば、「使徒の福音」と「国家神学」と「全世界のキリスト教化」との関係は何かという問いでもあった。

このような我々の問題意識に対し、その必要を満たし、今後の方向を示し、さらにしっかりと全体をまとめていくための出発点として、「神の国」と「歴史」との関係を問うこと以上に良いことはありえないと、私は思い至った。「神の国」と「歴史」の関係を問うとき、我々の意識の中では、聖書と教会と宣教が、それぞれにふさわしい位置づけと役割をもっている。また、神学者が歴史の問題に真剣に取り組むならば、そのとき初めて、神学と他の学問との関係を明らかにすることができるのである。

(続く)

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2011年8月 4日 (木)

これも「本の読めなさ」がもたらす悲劇だ

米空軍、核ミサイル発射担当将校にキリスト教で聖戦教育
http://www.asahi.com/internati​onal/update/0803/TKY2011080306​50.html

「訓練初期にある倫理の​講義を担当する従軍牧師が用いた資料が、『核の倫理』という項目​で、旧約・新約聖書の記述を多数引用していた。キリスト教の聖戦​論を引き合いに『旧約聖書には、戦争に従事した信者の例が多い』​と指摘したり、聖書の記述として『イエス・キリストは強い戦士』​と位置づけたりしていた」(抜粋)。

これは本日の朝日新聞(13版)の一面記事です。先月27日までの20年間、米​空軍で「核ミサイル発射の正当化」にキリスト教が利用されてきた​ようです。よほど米軍事情に精通している人はともかく、この事実を知っ​ていた日本のキリスト者は皆無でしょう。

ほんとうに恥ずかしいです。聖書をどう読めば「核​ミサイル発射を正当化する論理」を導き出せるのかが不明ですし、​このような誤った聖書利用を受け入れてしまう米国軍人の「本の読​めなさ」に驚きます。今後も警戒が必要です。

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2011年8月 1日 (月)

「もしパウロの時代にブログがあったら」をめぐる穏やかな対話

先週ブログに公開したコリントの信徒への手紙一の「超訳」を読んでくださった方(以下「zubi先生」)が、ツイッター経由で、うれしいコメントを寄せてくださいました。ほめてもらったからというわけではありませんが(いや、ちょっとあるかな、笑)、我々のツイッター上でのやりとりをブログ用に編集しましたので、以下謹んでご紹介いたします。

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○zubi先生

関口先生の超訳は、光文社古典新訳文庫に通じる興味深い喜びです。先生のパウロ超訳を拝読すると、パウロのカーニヴァル性、すなわちすべての既存の価値観をキリストにより宙吊りにしてしまうパンクな勢いがいきいきと伝わってきます。例えば光文社のドストエフスキーは新潮社のそれのような品格や厳密さが無いと言われる。けれどもドストエフスキーの口角泡を飛ばす勢いはいきいきと伝わってくる。まさにそんな意義を感じるんです。翻訳のプロにしか出来ないこだわりというか。

○関口 康

スゴク有難い、とても勿体ない評価をいただき、うれしく思います。あの訳では、荘厳(?)で残響の長いチャペル内での朗読には不向きでしょうね。

「トークライブ風テイスト訳」に影響を与えた一人は、佐々木中さんですね。『切りとれ、あの祈る手を』(河出書房新社、2010年)は、私にとっても近年まれにみる衝撃の一書でした。「本とは読めないものである」ということを教えてくれるあの本が、いちばん読みやすかったし、読めましたね。長年解けずに苦しんできた謎を解き明かしてくれた、というか。

聖書が分からないとか、キリスト教は難しいとか。それは、理解できない人側の「頭が悪い」んじゃないんですよね。「本」というのは本来的に「読めない」ものであり、読めば読むほど分からないものなんですよね、佐々木さんによると。目からうろこでしたね。

私は、中学時代も高校時代も、大学(と言っても神学大学=神学校でしたが)に入ってからも、成績はものすごく悪かったんです。真面目な話、「本が読めなかった」んです。読んでも読んでも全く理解できなくて、「おれは頭が悪いんだ」と思い込んでいました。まあ、頭は悪いんですけどね。それは認めます。

「本が読めない」のは、今でもそうです。何か月か前、実兄から村上春樹氏の小説本を大量に譲り受けましたので、「読んでみるか」と重い腰をようやくあげました。つい昨日も近所の古本屋で『1Q84』の第一巻(BOOK1)から第三巻(BOOK3)までを買い、開いてみるのですが、やっぱり全く入って来ないんです、心の中に。村上氏の小説が何を言いたいのかが分からない。無理に開く感じが止まない。

カール・バルトの『教会教義学』は、ドイツ語版(原著)と日本語版との全巻を買って持っています。神学生時代から何度も開いて読もうとしてもいます。でも、読み続けることができない。やっぱり俺の頭が悪いんだと悩みます。「違う」という拒絶感のほうが強すぎて、「読めない」んです。

「本が読めない」ことの悔しさは、私にとっては地獄の苦しみなんです。なんで他の人には理解できて、俺には理解できないのだろうかと思うと、「死にたい」とまでは考えませんが、人前に出るのが億劫になる。でも、同じ悩みを抱えている人がいるかもしれないと、佐々木中氏の本を読んで気づきました。

だから、と言っていいかもしれない。私の知識のほとんどは、耳学問です。本を読んでも分からない。記憶に残らないので知識にならない。でも、耳で聞いて理解できたことは、いつまでも忘れられないんです。だから、私の知識は、私の教師たちの出身地の方言で訛っているんです。

○zubi先生

分かるなあ。距離の遠さなんですよ。テクストとの。用いられる場によっては、響きや品格が重要なことは勿論です。けれども、パウロならパウロが、今生きているような共時性。そこに焦点が当てられるのもアリですよね。するとテクストはぐんと近付いてくる。

○関口 康

そう、キーワードは「共時性」ですね、たしかに。本だけ読んでも分からない。噛み砕いて解説してくれる人がいなければ、本だけあっても、どうにもならない。そのあたりに、学問に関しては大学の存在意義があり、宗教に関しては教会の存在意義があると、遅ればせながら思います。

私のパウロ超訳の話に戻せば、こういう調子というかこういう雰囲気の翻訳を全く受け付けることができないとか、生理的に拒絶してしまう人たちもいるんだろうなということは、よく分かっているつもりです。その人の生活圏内に存する宗教観、教会観が当然関係しているでしょう。私の生活圏にも、こういうパウロが出現したことはありませんでした(笑)。

○zubi先生

先生のパウロ超訳を拝読すると、パウロのカーニヴァル性、すなわちすべての既存の価値観をキリストにより宙吊りにしてしまうパンクな勢いがいきいきと伝わってきます。アラン・バディウの『聖パウロ』を読んだときに、パウロ神学におけるカーニヴァル性を知ったのでした。バフチンがドストエフスキーで論じている、価値観の宙吊りです。先生の翻訳の試みは、そういうカーニヴァルの勢いをあらためて認識させてくれるんです。

○関口 康

バディウ氏やバフチン氏という方々の本は読んだことありませんが、パウロの「カーニヴァル性」(祝祭性?)や「価値観の宙吊り」という話は面白いですね。ファン・ルーラーに言わせると、パウロはマテリアリストでした。これを「唯物論者」とか訳すとクマンバチが飛んできますね(笑)。

○zubi先生

カーニヴァルというのは、お祭りのなかで、ふだん身分の低い人が高い人をからかったり、儀式的に戴冠や奪冠を行ったりする現象に由来する、価値のひっくり返しのことです。イエスへの兵士たちの侮辱もカーニヴァルですし、死から蘇るイエスは究極のカーニヴァルなのです。

○関口 康

パウロ神学のカーニヴァル性とは、ただ「祝祭的」であるだけではなくて、そこに独特の闘争性というか、平たく言えばけんか腰の要素がある。しかし、殺意むき出しのカムフラージュ軍服着用の戦闘行為としてではなく、徹底的な遊び性の中で根源的な価値転覆をはかる、みたいな感じでしょうか。まだ十分飲み込めていませんが、新しい見方であると思いますね。

○zubi先生

ずいぶん昔に講談社の「本」という雑誌で知ったのですが、カントは自分では他人の哲学書を読んでも理解できず、友人に「ヒュームはこんなことを言ってるんだよ」みたいに説明してもらってはじめて分かったそうです。それでもあんなに鋭い考察ができた。

○関口 康

それは興味深い話ですね!私は自分とカントを並び称する根性などは持ちあわせていませんが、カントがどうしてそうだったのかは、何となく分かります。要は、幼い頃から教え込まれた(敬虔主義の)キリスト教の「体系」がほとんど彼の血肉となり、悪く言えば「閉じた体系」の中にいたのではないかと。

○zubi先生

神学部で宗教哲学の先生に徹底的に鍛えられたことは、「テクストをパラレルに読め。リニアーに読むな。」ということ、そしてレジメもそのように作成せよというものでした。けれどもこれができなかった。わたしもおそらく、本が読めない部類なんです(笑)。

○関口 康

これもすごく興味深い話ですね。「テクストをパラレル(並列的?)に読め。リニアー(直列的?)に読むな」を「通時的ではなく共時的に」と別言することは可能でしょうか。教義学のほうが向いている人と教会史のほうが向いている人とがいるとは思いますけどね。「論」で考えるか、それとも「史」で考えるかの違いのようなことでしょうか。

(2011年8月1日、ツイッターにて)

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