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2009年11月13日 (金)

「10年後の」民主党に期待します(4)

しかし、私の話には、いつも続きがあります。これで多くの人々をがっかりさせてきました。

教会のほうは教会のほうで、以下のような考え方をしてこなかったでしょうか。

「仏教も神道も非常に排他的だ。その点キリスト教は非常に心の広い度量の大きい宗教、哲学だ。日本人にキリスト教の神髄を説いてやるのは非常に意義がある。大変うれしい。排他的な仏教や神道を背景とした文明は今、日本社会の行き詰まっている姿そのものだ」。

これは民主党の御仁の言葉をそっくりそのまま書き換えてみただけのものです。「説いてやる」というあたりの不遜さもそのまま再現しました。

他人のせいにしたくはありませんが、今からちょうど150年前から日本伝道を開始した(当初は主にアメリカの)プロテスタント宣教師の「伝道精神」の中に、この種の不遜さが潜んでいなかったでしょうか。このような「伝道精神」を、日本の教会は、ほとんどそのまま受け継ぎ、それをかなり長い間、保ち続けこなかったでしょうか。

このことを完全に否定する自信は、私にはありません。教会の側にもいろいろと反省すべき点があるかもしれないと、今朝あたりから考え直しているところです。

とはいえ、民主党の御仁がこのたび突如として発した「バテレン禁制令」にも似た凶悪なメッセージは、かの「9・11」をイスラム教の仕業と見立て、また「イラク戦争」をキリスト教の仕業と見立てての単純な図式化ではないかと何となく想像いたします。だから「キリスト教もイスラム教も非常に排他的だ」となる。「あの連中と比べれば仏教は広い」となる。

このような図式化は、コンビニエンスストアの雑誌棚に立ち並ぶゴシップ系雑誌の表紙に大きな文字で書かれる見出し語にするにも躊躇がありそうな、全くのデマです。しかし、宗教についての知識に乏しい人々には「分かりやすい話だ」と歓迎されてしまうのかもしれません。

イスラム教徒のすべてが「9・11」の主犯者であり、キリスト教徒のすべてが「イラク戦争」の主犯者でしょうか。ありえない。この種の大衆扇動は、ものすごく危険なものです。正直、勘弁していただきたい。いずれにせよ、国家の最高権力者が口にすべき言葉ではない。民主主義の根幹を危険にさらします。

「民主主義ではない民主党」は、概念矛盾であり、何一つ期待できません。

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