まとめ
本日の午後に予定されていた一つの委員会(私が委員長です)が延期となったため、時間の余裕が少しだけできました。私の目下の関心をまとめていうとしたら(あまりまとまっていませんが)、次のようなことです。すなわち、
・依然として「外国の宗教」然としたままであるキリスト教を、
・日本人に対して、日本語で語る、日本人の説教者(≒牧師)が、
・どうしたら外国コンプレックス(≒学歴・学位コンプレックス)から自由にされ、
・しかも、大雑把にではなく、一つ一つの概念において(神学的に)正確に、
・伝えることができるか、 です。
このことについて現時点の私が考えていることは、(えらそうな言い方で申し訳ありませんが)「ぜひ私と同じ道を辿られたらよい」ということです。プロフィール
イバる意味で申し上げるのではありません(イバれる要素は皆無です)。イバりたいのではなく、感謝したいのです(本心です)。小学校から高校まで「国立ないし公立」でしたので、この国の皆様の尊い税金で勉強させていただきました。また、(日本の学校制度でそう呼ばれているところの)大学も大学院も、そして神学校も「教団ないし教派立」でしたので、 教会の皆様の尊い献金で勉強させていただきました(「親が牧師である」という意味ではありません。私の親は牧師ではありません)。つまり私は文字通り「すべてを他人(ひと)のお金で」勉強させていただいたのです。
そして、小学校から神学校までのすべてを日本国内で仕上げることができるのですから、私が辿ってきた道こそが、最も低額で(※注1)、最も簡単で(※注2)、最も確実な(※注3)道です。ギネスブックに認定してもらえるのではないかと思うほどです。
(※注1)この点が非常に重要!
(※注2)私ごときが辿ってこれました。
(※注3)今の私には特にこれといったコンプレックスはありません。
「これから牧師をめざそうと思っている中学生・高校生」に私の言葉が届くかどうかは分かりませんが、その方々の参考になればよいのだがと、ひそかに願っています。
ただし、私の経歴には最大の難点があります。それは、いわゆる「つぶし」が全く効かない道であるということです。牧師以外のことはナンニモできません。
あるいはまた、『週間ダイヤモンド』とか『月刊プレジデント』といったコンビニの雑誌棚に並べられている雑誌の特集記事(「学歴と出世、お金、結婚」とかそういうの)に登場するブリリアントな人々の「対極」を行く道であるということだけは確実です。もしそういう方面に少しでも関心を持っておられる方には、私の辿ってきた道は全くお勧めできません。
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