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2009年10月

2009年10月30日 (金)

説教と神学は誰でもできる

ともかく願っていることは「神学の価値を安く見積もらないでください」ということです。「教会の生命としての神学」に手抜き工事があるような教会は、まともな教会にはならないし、教会堂その他の見てくれが立派なだけの張り子の虎にすぎません。そんな程度のもので「神の栄光を表す教会」と言えますかと、問うてみたい。

いずれにせよ、教会は神学をなめないほうがいいと、私は思います。神学なき説教は空言です。説教が「神学的に見てまともでない」教会は、そもそも「教会」ではありません。神学とは日々の苦闘の賜物なのです。苦もなく、どこからともなく自動的に繰り出されてくるようなものではないのです。どこかに勘違いがありはしませんか。

「説教なんて誰でもできる」と思われていることは、好ましいことでもありますので、その見方は甘受します。事実、牧師たちは「誰でもできること」をやっています。長老たちにも、日曜学校教師たちにも、すべての教会員にも、「説教すること」は可能です。「上手に話すこと」なら、牧師たちよりはるかに優れた人たちが、どの教会にもいます。

ただし、「説教ができる」とは「神学ができる」ということとほとんど同義語です。神学も「誰でも」できます。ぜひ今すぐに取り組みを始めてください。多くの人たちが神学に真剣に取り組むようになれば、「神学なしにも説教はできる」という誤解や甘い見方から我々は全く解き放たれるでしょう。そのような日が来ることを心待ちにしています。

しかも、「神学」は、大学や神学校の在学中にだけ取り組むものではありません。「在学中は神学研究に熱心でしたが、卒業後、教会の牧師になってからは、神学どころじゃなくなりました」と言い出す教師たちが多いことも私はよく知っています。同業者ですので、その気持ちが全く分からないわけではありません。

しかし、はっきり言っておきます。「神学どころじゃない」人は、たぶん「説教どころじゃない」のです。「説教どころじゃない」人は、たぶん「教会どころじゃない」のです。そういう人はたぶん「牧師どころじゃない」人なのです。その人はたぶん、自分の本務とは別の何ごとかに熱心に取り組んでいるのです。

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具体的なモデルはある

「お金、お金、お金。」などと書いた途端、今やすっかり悪役キャラでしょう。私はだれから何と思われようと構いませんが(これまでも恥の多い生き方をしてきましたので少し慣れました)、「神学にどうしてそんなにお金がかかるの?」と見ている人々がいるとしたら、その考えを根本的に改めていただきたいという思い余っての「お金。お金。お金。」です。

しかし、私が求めてきたことには、優れた先例とすべき具体的なモデルがあります。それは、東京の信濃町教会様が設けておられる「神学教育助成資金」です。

日本基督教団信濃町教会「神学教育助成資金」
http://www.shinanomachi-c.jp/jyosei.html

このことを日本キリスト改革派教会の教師である私がどうして知っているのかといえば、ネットで検索すれば誰でも探せるという面もありますが、私の場合はその理由ではありません。数年前、ある方の紹介を受けて、私が「代表」をしている研究会の名前で申請してみたことがあるからです(残念ながら落選となりましたが)。

この「神学教育助成資金」の「改革派神学」に特化された制度をつくることが、我々にどうしてできないでしょうか。できないはずがないと考えている私は甘いでしょうか。「盗用」は許されませんが、もしゼロから考えはじめることが難しいとしたら、初動段階では信濃町教会様の模範的先例に倣えばいいのです。「神学」とあるところを「改革派神学」に、また「信濃町教会」とあるところを「日本キリスト改革派教会」なり、「○○中会」なり、「神戸改革派神学校」なりに、それぞれ書きかえるだけです。

あとは、このファンドを管理する委員会を作り、委員長を決めるだけ。初めての取り組みにはさまざまな不安が伴うでしょうから、運営上の問題点をあらかじめ信濃町教会様にご指導いただくこともよし。そこまで行けば、あとはゴーサインを待つばかりです。

信濃町教会様、申し訳ありませんが、以下に引用させていただきます。

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信濃町教会の「神学教育研究資金」

信濃町教会は、神学的自覚に立った宣教と教会形成を促進するため、【神学教育研究資金】を設け、[A]研究助成、[B]出版助成の対象企画を募集いたします。ふるってご応募ください。               

[A]研究助成の対象
 教会と神学に関する個人研究または共同研究

[B]出版助成の対象
 神学上の優れた著作。広く宗教学や精神史の領域にまたがる研究も含みます。
 日本語による原稿で、出版社が決定しているものに限ります (申請は一出版社一点に限ります)。

★ 助成金額
 1件につき50~100万円の範囲で助成いたします。
 なお、「研究助成」の場合、その成果を何らかの形(公刊、報告書、講演)で報告して頂きます。

★ 申請に必要なもの
 ① 規定の申請書(お申し出により郵送)
 ② 出版助成の場合 原稿を3部(コピー)

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(引用終わり)

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2009年10月28日 (水)

神学、神学、神学。お金、お金、お金。

前稿は「何のために頑張って来たのかが分からなくなってしまいました」で終わってしまいました。気持ち自体は書いたとおりですが、ここで終わってしまっては、まるで今の私が絶望のどん底にでもいるかのようです。そういうことにしておいて(私が「絶望のどん底にいる」ふりをして)同情者を募るという手を使うというやり方も要検討課題かもしれませんが、そういう姑息っぽいやり方は私のポリシーに反します。

というか、関口という人間は「同情しがいのない人間」であるということが個人的に知っている多くの人に認識されてしまっていますので、同情作戦は完全な無駄骨に終わります。見た目的(みためてき)には私は元気そのものなのです。内心ではどんなに落ち込んでいても、はた目には何事も無かったかのようです。しかし、それはそれは私にとっては突然飛んできたパンチでした。「効いていませんか」と問われれば「いいえ。かなり」とお答えするでしょう。

今年の夏頃のことです。私自身もそのために力を注いできた“小さな神学共同体”が一夜にして崩壊するというひどい目に遭いました。こういうところに個人名を書くわけにはいきませんので詳しいことは何一つ書くことができませんが、どのようなことがあったのかを日本キリスト改革派教会の人たちは知っています。

最愛の妻に言わせると「そんなに簡単に崩れるようなものは、最初から大したものじゃなかったのよ」とのことですので、なるほどそうかもしれないと諦めることにしました。

その意味ではもう諦めたのですから、後ろを振り向きたいとは思いません。まさに「無かったことにする」しかない。しかし、言葉にならない空虚感を抱えて、ひたすらため息とうめき声を吐き出すばかりです。「言葉」が信頼を失ったのです。すると、どうなるか。「あなたがたが何を言っても無駄である。なぜなら、あなたがたの口から発せられる言葉自体がもはや信頼できないのだから」というダッチロール状態に陥り、墜落の一途を辿らざるをえません。

私が求めてきたことは「神学研究の経済的根拠」です。「全額個人負担の神学」が、どうして「教会の学」でありうるのでしょうか。これこそ概念矛盾というのです。

最も理想的にいえば「教会の学(Wissenschaft der Kirche)としての神学」は、中会(presbytery)こそが営むべきです。そして「中会が神学を営む」と私が言う場合の意味は「中会の経常会計から神学研究活動を支出する」ということです。その方法としてともかく思いつくのは、以下の四つの方法です。

■方法1
中会に「改革派神学研究ファンド」(仮称)を設置し、同ファンドを管理・運営する委員会を中会内に設ける。そして神学研究に取り組んでいる人々を同ファンドが(厳正な審査を経て)経済的に支援する。

■方法2
中会に「改革派神学研究委員会」(仮称)を設ける。同委員会は神学研究の場(講演会、シンポジウム、原書講読会など)を自ら提供しつつ、中会内の「神学に関する経済的ニード」(資金不足を理由に頓挫している神学研究者たちのニード)があれば、支援の方法を検討・善処する。

■方法3
改革派神学研修所の「○○教室」を有志で設け、最寄り中会との連携の可能性を模索しながら、自主的な神学活動を続ける。

■方法4
改革派神学研修所または神戸改革派神学校の「エクステンション制度」を利用する。年に数回程度、研修所または神学校から神学教師を派遣してもらい、中会主催の、または自主的な講演会を開く。

ちなみに、これら四つの方法の順序は、上から「お金がより多くかかる順」です。「■方法4」には自己負担的要素はありませんが、自由裁量度は低くなります。

今年崩れ去ったのは、「■方法3」です。いろいろあって、あれよあれよの間に「閉鎖」を余儀なくされました(これが私の憂鬱の原因です)。

しかし、これで終わりではありません。少なくともあと二つの方法が残っていますし、もっと多く残っています。

「お金、お金、お金。」と書きますと、自分がまるで拝金主義者になってしまっているようで本当は嫌なのです。私ほどお金そのものに執着のない人間はいないでしょうに!

しかし、これまで10年間、いえ、19年前に伝道の仕事に就いて以来悩み続けてきたのは、以下の問いです。

「神学研究に真剣に取り組まないかぎり、真の教会は立たない。しかも、神学研究を(非教会的な)大学教授たちの専売特許にさせないためには、とにかく教会の牧師たちが率先して神学に取り組むしかない。しかし、牧師たちには神学研究に必要十分な経済基盤がない。無い袖は振れない。たしかにそうではある。しかし、『無くとも振るべき袖がある』と言わなければならないのも神学である。神学を放棄することは教会を放棄するのと同義語である。ならば、我々はどうすればよいのだろうか」。

これを短く言えば、「神学、神学、神学。お金、お金、お金。」となるわけです。

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2009年10月27日 (火)

砂上の楼閣

過去10年間求めてきたもう一つの願いは、我々の神学研究に「経済的裏打ち」が欲しいということでした。「神学、神学、神学」といくら叫び続けても、お金がなければ資料を購入することができないし、パンフレット一冊、自著一冊出版することもできません。資料的裏付けに乏しい本は、出版する価値がありません。紙資源の無駄であり、環境破壊以外の何ものでもありません。神学に関していえば、一冊の本を書くために数百万円規模の基礎資料が必要です。それくらいの費用がかかっていない本は、読む価値がありません。出版費用の問題は「印刷・製本費用」の問題だけではないのです。より深刻な問題は中身のほうです。

しかし他方、「本にならない神学」はいつでも必ず趣味、妄想の扱いです。実際これまで何度となく「関口牧師はなんだかいつもパソコンで遊んでばかりなんですね」と言われて悔しい思いをしてきました。これは私にとって最も言われたくない痛い言葉です。何度も言われてきましたのでいくらか打たれ強くもなりましたが、それでも実はいまだに寝込んでしまいそうなほどきついです。「本にならない字」をどれほどたくさん書こうとも、趣味、妄想のたぐいだと思われてしまうことに変わりはないのです。そういうことは自分自身が一番よく分かっていますので、これを言われると本当につらいです。私の最大の弱点です。

このところ日本のキリスト教出版社が進めている事業のひとつは、絶版となった名著の「オンデマンド化」です。あるいは世界的に見ても、版権の切れた名著の多くがインターネットで全文公開されるようになりました。しかし、我々の場合は、言ってみれば「初めからオンデマンド」です。一度もきちんと印刷・製本されたことがないし、表紙がついたこともない。物笑いの種以上のものになったことがない。

我々の言葉が「本にならない」理由は「お金がないから」です。私が求めてきたことを一言で言えば「改革派神学の日本における地位向上」です。そのために必要なことは「本にすること」です。そして、そのために「神学の研究ならびに出版資金を得るための制度を構築すること」が必要不可欠であると信じ、10年以上頑張ってきたつもりです。

その願いがもしかしたら実現するのではないかと期待できるまで状況が整ったのは、今年の前半のことでした。手が届きそうな距離にやっと近づいたと感じました。

しかし、この願いが、今年の夏頃、無残にも破壊されました。砂上の楼閣はあっという間に崩れ落ちました。そのことが夏以降、私の大きな悩みとなり、物事に取り組む意欲がガクンガクンと減退しています。何のために頑張って来たのかが分からなくなってしまいました。

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2009年10月26日 (月)

正面玄関の改装

トップページ(旧「信仰の道を共に歩もう」)の名称を「改革派信仰の新しい視点」に変更し、デザインを更新しました。一応ここ(トップページ)が正面玄関からフロントにかけての場に当たる部分ですので、お客さまにはできればここから入っていただきたいなと思いつつ作りました。

「改革派信仰の新しい視点」
http://www.reformed.jp

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mixi退会しました

mixiを退会しました。plaxoも退会しました。ブログの情報量や更新頻度も、これからは大幅に制限していくことにしました。

何度も書いてきましたとおり1998年以降インターネットにかかわるようになった動機は、苦しみと涙をもって地方伝道に従事している牧師と教会員に「神学」に関する情報を提供することでした。

そのために、最初はメーリングリスト、次にブログ、そしてmixiなどSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を用いてみました。その実験に成功したとは思っていませんし、満足感なども一向にありませんが、地方(≠首都圏ならびに大都市部)では得られないような質の情報提供をめざしてきたつもりです。喜んでくださる方々も少なからずいました。

地方伝道の何が苦しいのかといえば、情報不足が苦しいのです。情報格差による孤立感はとにかくひどいものです。他のことは大したことではありません。私も苦しみました。自ら苦しみながら、互いに助け合うことができる方法を模索しはじめました。しかし最初は何をどうしたらよいのか、さっぱり分かりませんでした。インターネットの活用方法が分かりませんでした。それでいろいろ手を出してみました。mixiもその一つでした。

ともかく、いつまでもダラダラ続けるつもりは最初からありませんでした。そろそろ潮時です。

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2009年10月20日 (火)

牧師のブロガー化の行き着く先(3)

私が「病床聖餐」ないし「訪問聖餐」の反対者であることについては、ブログ上に一度だけ、「基本的立場と主張」というタイトルをつけた文章の中に書いたことがあります。こういうふうにたくさんの文字の中にちょっとだけ書いておけば、誰の目にもとまらず騒ぎも起きないだろうと思いながら、そっと書きました。しかし、反対の理由はそのとき書いた程度の二、三の点にとどまるものではなく、(ルターを模倣して)95カ条くらいは挙げることができます。それほどまでに私はそれに反対しています。1992年に牧師に任職されて以来「病床聖餐」ないし「訪問聖餐」なることを一度も行ったことはないし、(神学的良心に基づいて)「私は行うことができない」と信じてきました。

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牧師のブロガー化の行き着く先(2)

かつて親しい友人と議論する中、彼が次のように言いました。

「説教のほうはインターネットで聴くことができるが、聖餐式はそうは行かない。したがって、我々が日曜日に教会に集まる意味を失わないための鍵は聖餐式である」。

しかし、私はそのような解決策に対して半信半疑です。どちらかといえば疑う気持ちのほうが強い。はっきり言えば否定的です。「そんなふうにウマい具合に事が運ぶだろうか」と首を傾げています。

半信半疑である(はっきり言えば否定的である)理由の一つは、今のトレンドとしての「病床聖餐式」の流行です。あのようなことが流行しているかぎり、聖餐式の意義の強調による問題解決の道はきわめて疑わしいものであると判断せざるをえません。

「病床聖餐式とは何か」ということについての説明は省略しますが、「聖餐式が行われるゆえに、日曜日に教会に人が集まる」というシナリオとは、ちょうど正反対の方向にあるものです。なぜならそれは、聖餐のデリバリーサービスなのですから。「集まる・集める」ベクトルではなく「散る・散らす」ベクトルにあるのが「病床聖餐式」です。

これを明かすと多くの人から嫌われるのでできるだけ書くのを避けてきたのですが、実を言うと、私は「病床聖餐式」の確信的な反対者です。今の流行が去っていくことを心待ちにしています。

私の「病床聖餐反対論」の詳細な内容を親しい人たちは知っていますが、激論を起こしかねないのでこういうところには書かないでおきます。もし個人的にお会いする機会があれば(「もしあれば」です)そのときお話しいたします。逃げも隠れもいたしません。

「病床訪問」が教会役員(牧師、長老、執事)の重要な務めであることは確実です。この点に議論の余地はありません。しかし、それが「病床聖餐式」とセットであることの必然性は全くありません。そのあたりが大抵いつもゴチャ混ぜにされるので、冷静な話ができなくなります。

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2009年10月19日 (月)

牧師のブロガー化の行き着く先(1)

「新しい時代の宣教」と題するサイトは、深く広く展開していける自信を持てなくなりましたので廃止しました。

ただ、「インターネット時代の宣教」という点の問題意識を失ったと言っているのではありません。“書かざるをえない衝動”のようなものを感じるときに、随時、この日記に書いていくことにします。

ともかくしきりと考えさせられていることは、言うならば、バランスのとり方のようなことです。

今の「若い人」(※)は、情報のほとんどの部分をインターネットから得ていると言っても過言ではないほどなのです。その人たちにとっては、インターネット内の「公の場」(ブログ、SNSなど)に何も書かないとしたら「何も言っていない」のと同義語なのです。

※日本の教会では70歳くらいの方まで「若い人」と呼ばれることがありますので慎重に言葉を選ぶ必要がありますが、ここでは一応40台くらいまでの人たちのことを言おうとしています。その中には私自身も含めています。

しかし、そのときにこそ考えさせられることは、「教会をブログ化してしまうことができない理由は何か」です。もしそれが何もないとしたら、いわゆる「教会」は不要になります。ブログの書き手と読み手だけで、すべてが成立してしまいます。日曜日に教会堂またはどこかの建物に集まることの意味がもしあるとしても、それはいわゆるインターネット用語で言うところのただの「オフ会」になってしまいます。教会は「情報を得る場」ではなく、純粋に「視認と親睦の場」となります。

しかし、日本の教会の中で昔から(少なくとも私が子どもの頃から)繰り返し使われてきた(が、私は嫌いな)表現は「聞きに行く」です。何のことかといえば、「日曜日に教会の礼拝に出席すること」です。何を「聞きに行く」のかといえば、「牧師の説教」です。つまり、礼拝に出席するとは「牧師の説教を聞きに行くこと」を意味していたというわけです。礼拝の他の要素に関心が無かったのです。賛美歌も祈りも奉仕も交わりも。そういうのはウザいと。今でも「聞きに行く」という言葉をたまに耳にすることがありますので、同じ見方が教会の中で思わず知らず伝承され、再生産されているのだなと感じます。

事実、再生産されているのだと思います。「聞きに行くこと」こそキリスト者が日曜日にすることであると考えてきた人々にとっては、いまは「教会」の存在は不要になってしまっているはずです。なぜなら、パソコンを開きさえすれば、日曜日の朝の数時間を用いて教会堂まで(苦労して)移動して得られるよりもはるかに膨大かつ「正確な」キリスト教に関する情報を得られるからです。賛美歌も祈りも奉仕も交わりも、そのような“ウザい”要素は一切抜きにして、自宅の快適な環境で、ひとりコーヒーでもすすりながら、あるいはベッドに寝そべりながら、「聞きに行くこと」が、インターネットによって可能になってしまったのです。

この趨勢は止められません。止められないからこそ、上記のとおり「バランスのとり方」を考えざるをえなくなります。

私の問いは、「この趨勢の中で牧師は何をすべきか」です。繰り返しいえば、今の「若い人」にとっては、自分のブログを持たない牧師は「何も言っていない」のと同じです。実際たとえば、私がブログやメールを書けない期間が続いたりでもすると「病気にかかられたのですか」と本気で心配していただくことがあるほどです。

だから、牧師もブログを始めざるをえないし、始めた以上続けざるをえない。私がブログを続けているのは、これ、別に、私のひまつぶしではありません。私の言葉を伝えるためにはこの方法以外にはありえない人々が大勢いることが分かっているので、続けているのです。

しかし「牧師のブロガー化」の行き着く先は、日曜日に集まる意味の喪失です。そのことも痛いほど分かっているつもりです。

実際「日曜日に集まる意味など何もない」と考えている人が多いからこそ、日曜日の教会堂はどこも閑散としているのです。日曜日の教会堂が閑散としているのを寂しいと思っているのは牧師も同じです。

このように書くと「別に我々は、牧師に会いに行くために教会に通っているわけではないし、まして牧師を喜ばせるためなどではありえない」という反発を招くだけかもしれませんが(そのような反発を期待したいくらいですが)、もしその要素が完全に否定されるべきなら、牧師は要らないのです。「牧師がいない」という問題で悩み苦しんでいる(いわゆる無牧の)教会の労苦はむなしいものだということになります。

それほど遠くない将来には、パソコンの前に座ってブログを書くだけの牧師(かどうかも分からない人)だけが存在意義を持つようになるでしょう。そのようになって(して)しまってはならないと私自身は(いまだに)信じているので「パソコンの前に座ってブログを書きながら」悩んでいるのです。

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2009年10月18日 (日)

計画変更です

オランダで2007年より刊行が続いている新訂版『ファン・ルーラー著作集』の未刊分の計画が、このたび大きく変更されました。この件が出版社サイトを通して発表されました。全8巻(11冊)にするとしてきた従来の予定が、全9巻(12冊)になったようです。しかも、第八巻として「説教と黙想」が収録されることになりました。これはとても素晴らしいことです。

巻数を増やすことになった理由は、たぶん間違いなく既刊分(第一巻から第三巻まで)の売れ行きが良いからだと思います。もしかしたら『著作集』の今後の売れ行き次第では、第八巻も二冊ないし三冊くらいまで分冊を出しましょうということになるかもしれません。ぜひそうなってほしいです。

ファン・ルーラーの説教や黙想は存命中から(ある意味、彼の神学以上に)高い評価を与えられてきたというのは、この筋では有名な話です。「『著作集』に説教や黙想を収録する予定はない」と主張してきた従来の出版計画に大いに不満を感じてきただけに、嬉しさひとしおです。

『ファン・ルーラー著作集』全巻タイトル
http://www.aavanruler.nl/index.php?cId=663

Deel 1 De aard van de theologie (prolegomena)
Deel 2 Openbaring en Heilige Schrift
Deel 3 God, schepping, mens, zonde
Deel 4 Christus, Heilige Geest en het heil
Deel 5a en b   Koninkrijk, apostolaat en kerk
Deel 6a en b Politiek, staat en theocratie; Ambt en oecumene
Deel 7 In gesprek: relatie Rome-Reformatie en theologen/filosofen
Deel 8 Preken en meditaties
Deel 9 Register en archiefverwijzingen

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2009年10月15日 (木)

バルトとハルナックの論争について

以下は本日、ある牧師に送ったメールの内容です(ブログ公開用に若干修正しました)。

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カール・バルトとアドルフ・フォン・ハルナックの論争を初めて知った場所は、東京神学大学2年生(1985年、19歳)のときに受講した大木英夫先生の「教義学講義」ですので、24年前です。当時は日本語版訳者の水垣渉氏なる方の存在を(名前も)知る由も無かった頃です。

1985年当時は新教出版社版『カール・バルト著作集』既刊巻の初版がだいたい完売した頃だったようで、キリスト教書店の本棚には新刊として第八巻と第十巻が並んでいるだけで、後のすべては非常に入手困難であったことを懐かしく思い起こします。

とくに第一巻は人気があったのか、古本屋で見かけることが滅多に無く、たまに見つけると一万円近い値段がついていたりするシロモノでした。私が持っている第一巻もかなり苦労して古本屋で買ったものです。外の箱がついていないものでしたが、九千円くらいしたはずです。

さて内容に関してですが、先生のおっしゃる「バルトとハルナックのどちらが言っていることも正しい」という点は同感です。ただ、結論の部分に今の私の考えと違うところがあるというか、よく考えてみる必要があると思っている点がありますので、ちょっとだけ書かせていただきます。二点あります。

第一点は、「ただし」以下にお書きになったことです。「どちらも結局、『これが学問的だ』『これが聖霊の導きだ』と言いながら、主観的な言葉に陥っていく危険から逃れられないと思いました」とおっしゃるときの「主観的な言葉」はおそらくネガティヴな意味でおっしゃっているはずです。しかし、「主観的な言葉」のどこが悪いのでしょうか。ここに疑問を感じました。

私の長年の問題意識は「(大学の)学問は客観的なるものであるが、(教会の)信仰は主観的なるものである」→「客観的なるものこそ真理であり、主観的なるものは虚妄である」→「したがって、大学教授になることこそ栄誉であり、田舎牧師のままの一生は悲惨である」という図式をこそ問題にしなければならないというものです。この図式を丸呑みするくらいなら首吊って死ぬ方がましです。

現代思想のトレンドを見ても、純粋な意味での「客観性」を言い張る人々は物笑いのネタにされるのが落ちです。少し目が覚めている人々は「相互主観性」(inter subjectivity)ということを必ず言います。私もそのトレンドに同意しています。

現実に可能なことは、すべての人が「主観的なること」を主張し合うことだけであり、それを互いに調整し合うことによってなるべく普遍的な一致点を見いだしていくしかないのです。その意味ではノーベル物理学賞受賞者の学説も「単なる一つの主観的見解」にすぎません。

第二点は、先生に対する疑問ではなく、引用してくださった岡田稔先生の見解に対する疑問です。

なるほど、岡田先生は『改革派教理学教本』(新教出版社、1969年)で、バルトとハルナックの論争の解決の糸口を「キリストの二性一人格論」に求め、問題解決の模範を四世紀のアウグスティヌスに見いだしています。そして、この岡田先生の解決方法を日本キリスト改革派教会が60年間守り続けて来たのだろうということは、容易に想像できることです。

しかし、この道が問題解決になるとは私にはどうしても思えません。そのように言いうる根拠は以下の二つです。

第一の根拠は、バルト自身がハルナックとの論争後、とくに『教会教義学』の中で求めた道がまさに「キリストの二性一人格論」(「キリスト両性論」でも同じ)における解決であったということです。まさにこの解決方法をこそバルト自身は「キリスト論的集中」(Christological concentration)と呼びましたし、同じことをバルト神学に批判的な人々(この中にファン・ルーラーが含まれます)は「キリスト一元論」(Christ monism)と呼んだのです。

すると、どうなるか。バルト研究者たちは、ハルナックと論争した頃のバルトを「初期バルト」というカテゴリーの中に押し込み、『教会教義学』執筆中のバルト(後期バルト)と区別します。その上で、彼らは次のように説明するでしょう。

「ハルナックとの論争を経たバルトは、キリストの二性一人格論(「キリスト両性論」でも同じ)に信仰と学問との(キリスト教的に)正しい関係を構築するための根拠を見出した。それゆえ岡田氏のバルト批判は当たっていない。アウグスティヌスからカルヴァンへと受け継がれたキリスト教の『キリスト論的な』正統路線は、カール・バルトとバルトの後継者にこそ受け継がれた。的外れな言葉でバルトを批判する岡田氏の一派は、『立場はともかく論は稚拙』である」。

これで岡田説はパーです。

キリストの二性一人格論はバルト‐ハルナック論争の解決にならないと私が考えている第二の根拠は、お察しのとおり、ファン・ルーラーの「キリスト論的視点と聖霊論的視点の構造的差異」についての議論に依拠しています。

キリストの二性一人格論の構造を考えていくと、その「神性」と「人性」は常に対立関係にあるものとしてしか描きだすことができません。しかもその関係のあり方は「受肉」(assumptio carnis)の関係、つまり「永遠のロゴス(言)がサルクス(肉)を摂取した」というものです。そして、その「サルクス(肉)」には、それ自体で自立した「人格」はありません。サルクスは、肉屋に売っている(焼肉の材料と同じ)あの「肉」と同じ物体にすぎません。

すると、どうなるか。「キリストの二性一人格論」に基礎づけられた信仰と学問の関係性は、最終的にはすべての学問を「教会の御用学問」とみなすしか無くなります。もし我々が「サルクスをまとった永遠のロゴス」こそすべての学問が追い求めるべき普遍的な永遠の真理であると考えるならば、です。「神学は諸学の女王であり、諸学は神学の婢である」というあれです。

この論理を神学が抱え込み続けるかぎり、神学の諸学に対する軽蔑心が半ば必然化し、神学者たちを超然化します。「諸学の徒よ、お前らは何も分かっちゃいねえ。我々神学者こそが万物の全真理の把握者である」とでも言いたいかのよう。一種の独裁者(裸の王さま)が教会内を跋扈し続けるでしょう。ともかくこの道は非常に危険なものです。

我々が追い求めるべき道は、「キリスト論的集中」(キリストの二性一人格論への固執)に基づく神学の諸学に対する侮蔑ないし超然化の道(この点ではバルト神学も岡田神学も行き着く先は同じです)ではなく、むしろファン・ルーラーの提案する「三位一体論的・聖霊論的な解決方法」に基づく神学と諸学の共存ないし共生の道であるだろうと、今の私は信じています。

三位一体論的・聖霊論的に考え抜いて行くならば、「神性」と「人性」の関係は対立的な関係ではなく、「友情」にあふれた関係であるということを明らかにすることが可能です。その関係のあり方は「内住」(inhabitatio Spiritus sancti)、つまり「神が人間の内に居まし、人間と共に住んでくださること」なのですから。「友情」(amicitia アミシティア)は、17世紀のヨハネス・コクツェーユスが用いた概念です。

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新しい時代の宣教

「新しい時代の宣教」と題するサイトを新設しました。はじめのことばを書きました。

「新しい時代の宣教」URL
http://apostolaat.reformed.jp

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教会の課題としての「新しい時代の宣教」

21世紀になってまもなく10年。この10年間で我々の生活環境は大きな変貌を遂げました。私見によれば、とりわけインターネットの普及が我々にもたらした変化は甚大です。

人間の表現手段の中にこの新しい選択肢が加わったことによって、我々の思想や内的感情のみならず、外面的な生活形態までが良い意味でも、しかし悪い意味でも「変質した」と言わざるをえません。

世界のありとあらゆる情報が、パソコンの前にじっとしたまま全く動かずにいる我々のもとに大量に舞い込んでくる時代になったのですから。「もっと体を動かせ」「外の空気を吸え」と、インターネットを通して教えていただく時代になったのですから。

体を動かさず、外の空気を吸わなくとも、文字や写真や映像などの情報、あるいは著名な思想家の提供する学説や研究成果のほとんどが得られてしまう時代における宗教と教会の役割とは何でしょうか。

この問いは、我々にとって真剣かつ深刻なものでありえます。ここで「我々」とは日本のキリスト教会に仕える者たちです。ぜひ一緒に考えていただけませんか。

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2009年10月13日 (火)

とにかくこういう本を書きます

一向にまとまらない(片頭痛もちの)頭を抱えながら、紆余曲折の日々を過ごしています。「しかし人生は長くない」と思うゆえに、どんどん増えていく一方でなかなか仕上がっていかない多くの仕事や課題を横目に見ながら、焦りと危機感を募らせています。

神学に関することだけに絞って言えば、要するに『アーノルト・アルベルト・ファン・ルーラー』(仮題)という本を自分自身で書くことができるならば、それこそが最もはっきりした責任の取り方になるだろうと分かってはいます。過去10年間、そのことに特化した生活を送って来たようなものですから。

オランダ語版『ファン・ルーラー著作集』の全訳など、どう考えても(難しく考えなくても)一人の人間に可能なことではありません。五千ページを越えることが確実な状況です。それを正しい日本語にしていく仕事は多くの人が寄ってたかって取り組むことです。特定の個人がひたすら翻訳と研究に専念しうる(それだけで生計が成り立つ)きわめて特別かつ快適な「神学的環境」が日本のどこかにあるとでもいうならば話は別ですが、少なくとも私が生きているうちに(「21世紀前半までに」という意味で書いています)そのような環境が整備されることはありえないだろうと考えております。

もし仮に日本語版『ファン・ルーラー著作集』の実現のために私になしうることがあるとしても(そして私はそのための努力を惜しんだ日は過去10年間のうちの一日もないのですが)、それはその壮大なる事業全体の中のほんのわずかな一部分であるとしか表現しようがありません。

日曜日から昨日にかけて松戸小金原教会の一泊修養会がありました。また、私と一人の長老は修養会を途中で退席し、昨日行われたひたちなか伝道所の教会設立式のほうに行きました。13時から始まった教会設立式は15時頃まで行われました。早く帰宅しなければならない事情が生じましたので、式後の祝賀会は失礼させていただき、15時にはひたちなかを出発しました。

ところがその帰り道、常磐道の掲示板に「谷田部IC~流山IC 事故渋滞20キロ(120分)」と電光表示されているのを見て、げんなり。仕方なく谷田部ICで一般道に降りたのですが、連休の最終日だったからでしょう、下の道も大渋滞。結局、帰宅は19時となりました。

自動車の中で4時間も退屈な拘束に遭いましたので、ひまつぶしがてら、将来の自著『アーノルト・アルベルト・ファン・ルーラー』(仮題)の構想を練ってみました。それが下記の梗概(案)です。「広くて浅い」ファン・ルーラー紹介書です。これまでにメールだブログだで書き散らしてきたことを整理するのも一つの重要な目標ですので、目新しい内容はそれほどありません。

とにかくこういうのを書きます。これは自分との約束にします。タイムスケジュールとしてはオランダで刊行中の『ファン・ルーラー著作集』全八巻が出揃うのが予定では2013年ですので、それを参照するためにはどうしてもその後になってしまいます。目標は2015年、私が50歳になる年です。しかし、そんなには待っていただけない方々のために、ちょくちょく小出しにしていきます。本を書くとは忍の一字であるなと、つくづく思います。

そして、仕上がった段階で自費出版でもするか(そのときわが家に金銭的余裕がありうるとは思えませんが)、どこか引き受けてくださるところがあればお願いするかを考えることにします。

関口 康著『アーノルト・アルベルト・ファン・ルーラー』(仮題)の梗概(案)

上巻 第一部 生涯

下巻 第二部 神学

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2009年10月10日 (土)

ようやくSkypeを始めました

インターネットに関してだけではなく、ほとんどどんなことについても(神学についても)、最先端のトレンドの五十歩(五百歩かな)遅れくらいのところを歩きたいほうです。真っ先に飛びついたりするようなことは全くありません。

「これが最先端です!大流行中です!」と騒がれている頃には「ふうん」と思いながら横目で見ているだけです。かえって、騒ぎに巻き込まれたくないと警戒心を強めることのほうが多い。ワープロ(NEC文豪Mini)を始めたのも、パソコンに切り替えたのも、携帯電話を持つようになったのも、インターネットを始めたのも、ブログやSNSを始めたのも、「大流行中!」と言われていた時期の数年後のことでした。

と、要らぬ前置きが長くなりそうなので、ここらでやめます。「遅ればせながらSkype(スカイプ)を始めることにしました」という話を書こうとしているところです。

Skypeを始めようと思った理由は、中3の長男が友人との通話のために使い始めたからです。世間の流行にはついて行けなくても何とも思いませんが、息子のトレンドにはついて行きたくなる。これまで感じたことのない、屈折した親心が芽生えたようです。

加えて、というか時系列的にはこちらのほうが先ですが、かなり以前にMSNメッセンジャーだったかをちょっとだけ試してみたことがありますが、当時のネット環境が悪すぎて使い物にならず、それ以来懲りていたという事情がありました。ここに至ってようやく快適なオンライン通話環境を獲得することができたというところです。

このたび取得したSkypeのコンタクト名は「apostolaat」です。

Skypeユーザーとならば、国際・海外問わず何時間でも無料で話し続けることができるようです。こういうのこそが実は、我々牧師のような仕事にとっては打ってつけのサービスなのかもしれません。判断めいたことを書くには早すぎますが。あるいは、これがオンラインの読書会や会議に利用できるものかどうかなど、いろいろ知りたいところです。

なお、この機会に、Windows Live(ウィンドウズ ライブ)メッセンジャーYahoo(ヤフー)メッセンジャー、またGoogle Talk(グーグル トーク)のコンタクト名(ユーザー名)もすべて「apostolaat」に統一しました。ただしいつもすべてのソフトを立ち上げておくことはさすがにできませんので、ふだんはSkypeを常駐させておこうかと考えています。

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教団離脱弁証論としての教義学

考えてみれば当たり前のことでもあるのですが、オランダのアブラハム・カイパーとヘルマン・バーフィンクの教義学的著作の至るところに、当時の(いわゆる国教会系)オランダ改革派教会(Nederlandse Hervormde Kerk)から彼らが離脱(りだつ)して新しいオランダ改革派教会(Gereformeerde Kerken in Nederlands)を創設したことについての「弁証」ないし「弁護」という意図が見え隠れしています。

歴史を16世紀までさかのぼれば、カルヴァンだってそう。『キリスト教綱要』にはローマ・カトリック教会から袂を分かつことを余儀なくされた者たちの「弁証」ないし「弁解」という面が、当然のことながら少なからずあります。

今度はぐっと現代日本に引き寄せて、岡田稔先生のことを考えてもそう。『改革派教理学教本』(新教出版社、1969年)を頂点とする岡田先生の著作のいわばすべては、日本基督教団から離脱して創設された「日本キリスト改革派教会」の存在理由(レゾンデートル)を弁証することが目的であったと見ることが可能です。

これで気づかされる(ある意味笑える)点は、「教団離脱者は筆まめである」ということです。

何かを言いたくて書きたくて、どうにも抑えきれなくなる。何より、論じるべき問題についての認識(その広さ、長さ、高さ、深さにおいて)が明確である。「要するに何が問われているか」がクリアである。考えを押し進めていく方向もクリアである。

それゆえ、いったん書き始めると止まらない。量の面では「爆発的に」書く。質の面では「徹底的に厳密に」書く。視野の面では「事柄の最初から最後まで」書く。まさに「創造から神の国まで」(From Creation to Kingdom of God)書く。

そのような書きっぷりが「教義学」には必要なのだと、改めて思い知らされます。

教団離脱組のすべてが必ず教義学者として大成するわけではありませんし、教義学を営む者たちのすべてが必ずどこかの教団から離脱しなければならないというわけでもありません。そのような逆命題が真理か否かは、この際どうでもいいことです。

しかし、現時点では直感的な当てずっぽうですが、「教義学として面白い本を書きえた人々の多くが実は教団離脱者であった」という命題は、もしかしたら成り立つかもしれません。

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2009年10月 9日 (金)

今月のスケジュール

来週あたりから無酸素運動のような日々が始まりますので、いささか緊張気味です。

2009年10月のスケジュール

11日(日)~12日(月) 松戸小金原教会一泊修養会(さわやかちば県民プラザ、柏市)

12日(月)1:00 p.m.    ひたちなか伝道所(茨城県)の教会設立式に出席します

18日(日)10:30 a.m.   松戸小金原教会2009年度特別伝道礼拝 講師 関口 康
                説教「あなたの命を守ってくださる方」 

21日(水)~23日(金) 日本キリスト改革派教会第64回定期大会(大阪YMCA)に出席

24日(土)            仙台市内に宿泊

25日(日)10:30 a.m.   日本キリスト改革派東仙台教会の礼拝で説教させていただきます

      午後         改革派神学研修所東北教室神学講演会 講師 関口 康 
                主題「伝道の神学 喜びの人生をめざす旅人の力」

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何を私は夢見たか(3)

自分で書いたことには責任をとらなければなりませんし、今さら言い訳するつもりなどは全くありませんが、ぜひ理解していただきたいのは、私が批判する相手を私は基本的に「愛している」ということです。

「愛していない」対象を私は決して批判しません。「関心」(interest)を持つことができず、それゆえ対象を明瞭に把捉することができず、アヤフヤでオボロゲな認識しか持つことができない、そのようなままでその対象を「批判」することは私には不可能です。そういうのは闇の中で包丁を振り回すようなやり方です。危なっかしくてしょうがない。

私が批判するのは「愛している」ものだけです。「教会」を批判し、「キリスト者」を批判し、「牧師」を批判し、「自分自身」を批判します。生まれたときから31年間一度も離れたことがなかった「日本基督教団」を批判し、青春時代のきわめて重要な時期を6年間も過ごした「東京神学大学」を批判します。嫌いだからではなく、愛しているからです。「このままでいいのか」と思っているから何かを言いたくなるのです。嫌いなものにはそもそも関わりたくありません。それほどヒマではありません。

一方、「神戸改革派神学校」には(たったの)1年半、「日本キリスト改革派教会」には(まだたったの)11年。「心から愛して」はいますが、「まだよく分からない」ので、批判はしません。たぶん一生、批判はしません。「関心がない」わけではありません。不遜な論理であることを理解したうえで申しますが、比較級を用いて「モアベター」という感覚を持つことができるからです。(地理的な意味ではなく制度構造的な意味で)「中心」ではなく「片隅」で、穏やかな気持ちでマッタリと過ごさせていただきたいからです。

「批判すること」と「責任をとること」は私の中で同義語です。そして「責任をとること」ができるようになるために必要な経験年数は10年では足りません。最低20年、いや30年。長ければよいというわけではないかもしれませんが、短いと駄目です。「責任をとること」は「中で苦しむこと」と同義語だと思われてならないからです。「外で騒ぐこと」は、誰にでもできることです。それは「無責任」と同義語です。「責任者」になりうるのは、「中で苦しんだ」耐えがたい時間を耐え抜いてきたごくわずかな人々だけです。

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2009年10月 8日 (木)

何を私は夢見たか(2)

とはいえ、「日本におけるファン・ルーラー研究」という分野に限っては、学歴だ学位だの問題をどうしても避けて通れなくなってしまう事情がある(または「あった」)ということを言わざるをえません。

K文館の「ファン・リューラー」シリーズ三冊を出された人々のリーダーが、広く知られているとおり、開成中・高、東大、東神大、テュービンゲン大(神博)という偏差値85的(いや、90か?)なブリリアントなガクレキの持ち主であり、著訳書多数の著名人でもあり、今や「学長」でもあります。著書の副題に「ファン・リューラー」をわざわざ謳っているものまである。教界最大手の出版社の大黒柱、メインライターのようでもある。

ところが、それほどの方が、他のことに関してはともかく、ファン・ルーラーに限っては、オランダ語テキストにきちんと取り組もうとせず、英訳本や独訳本ばかりに頼り、その結果、かなりアヤフヤでデタラメなことを言ったり書いたりしてこられたのです。これで私は困ってしまった。

「ナンカおかしいぞ」と疑いを持ちはじめたのが、あの先生が「ファン・リューラー」を副題に大々的にお謳いになった『歴史神学の行方―ティリッヒ、バルト、パネンベルク、ファン・リューラー―』(1993年)を手に取ったときですから、16年も前のことです。当時、私は27歳ないし28歳。1992年12月に日本基督教団の正教師に任職されて「牧師」を名乗り始めた初年度くらいの頃でした。くちばしが黄色い者であったことを否定しません。

人情の観点からいえば、私の指導教授になっていただいた恩師でもある方に逆らったり刃向ったりしたいわけではないのですが、アヤフヤはアヤフヤ、デタラメはデタラメです。事実は動かすことができません。

ただ、問題はその事実をどうすれば広く認知していただけるのだろうかということでした。象徴的な言い方を許していただけば、「偏差値85な彼」に「偏差値35な私」がどうしたら「否」を突き付けることができるのか。この問いを私は実に16年間、考え続けてきました。ほとんど悶絶しながら。

それが「悪魔の誘惑」なのかどうかは分かりませんが、そこで私が考えこんでしまったことが、「あの人の主張を覆すためには、あの人と同等かそれ以上の学歴ないし学位を得る他はないのではないか(しかし、どうやって!?)」ということでした。アホな考え方だったことは認めます。

とにかく圧倒的に不利だったのは、16年前の私はまだインターネットを手にしていなかったことです。オランダ語に関しては辞書も文法書も持っていないし、原著を手に入れる方法も知らない。ファン・ルーラーの本など一冊も持っていませんでした。文字通り手も足も出ない状態でした。

しかし、そのような状態であっても、「ナンカおかしいぞ」という疑念は消えませんので、追究せざるをえませんでした。

転機はやはり1998年でした。「ウィンドウズ98」の流行と共に、私もインターネットを本格的に始めました。その日から数えれば、あらゆることが10年かかった計算になります(インターネットを「本格的に始めた」のは1998年の夏でしたが、パソコン通信(PC-VAN)は1996年の夏に、またインターネットは1997年の冬に「ウィンドウズ3.1」で使い始めてはいました)。

人情の問題と学問の問題がないまぜになってしまうこの国の中で、今ここに私が書いていることがどのような結果をもたらすかを知らないわけではありません。しかし、デタラメはデタラメ、アヤフヤはアヤフヤです。この点だけは譲ることができません。

解決の道はただ一つ。ファン・ルーラーのオランダ語テキストに互いに真摯に向き合うことです。 原典の上では万人が平等です。原典をめぐる解釈の違いという点で議論するのであれば学問の範囲内です。原典講読に取り組まないような学問があるでしょうか。原典テキストこそが我々の「土俵」なのです。

私にこの原典主義を徹底的に叩き込んだのは東京神学大学です。最愛の恩師、左近淑先生が口をすっぱくして我々に飛ばしてくださった檄は「本文(ほんもん)に密着せよ!」でした。このことには心から感謝しているのです。

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2009年10月 7日 (水)

何を私は夢見たか(1)

「電撃告白」と言うほどのことではありませんが、ネット上では初めて明かします。

手に入れてみたいと一度は願ってみたことがあるのはオランダの学位でした。オランダのTh. M.であり、もちろん願わくはTh. D. でした。オランダ以外の学位については全く興味がありません。ただし、「興味がない」と言う場合、オランダ以外の学位にケチをつける意味はありません。「私には必要性も必然性もないものである」と申し上げているだけです。

ひりひり痛いほど思い詰めたのは「ファン・ルーラー研究」を徹底的に究めることでした。そのために、「ユトレヒト大学神学部」の教授で、現在「オランダプロテスタント神学大学」の総長であるヘリット・イミンク先生のもとで学んでみたいということだけでした。

もう一つ考えたことがあるのは、日本キリスト改革派教会との「友好教会関係」にあるオランダキリスト改革派教会(Christelijke Gereformeerde Kerken in Nederlands)が立てている「アペルドールン神学大学」に行くことでした(現在、この神学大学に日本キリスト改革派教会の石原知弘教師が留学しておられます)。

本当にこの二つだけです。要するに、「ファン・ルーラーをとことん研究できる環境が欲しかった」、ただそれだけです。

強いて言えばもう一つ、「アムステルダム自由大学神学部」の3ヶ月(?!)留学というコースを紹介されたときに考えてみたことがありましたが、3ヶ月で何ができるか、その3ヶ月を過ごすために被るリスクはどれくらいあるかを考えてみると、答えはすぐに出ました。

「ファン・ルーラーにしか興味がない」というわけではないのです。しかし、他のテーマに取り組む教師はたくさんいますが、ファン・ルーラーのオランダ語テキストに真剣に取り組む教師は、きわめてわずかしかいません。どなたもなさらないのなら、私にお任せいただきたいと願っただけです。

そして、それが高じて何らかの学位を取得することができるなら、それはそれで嬉しいことであると妄想を抱いたことがあるだけです。他のテーマは他の教師たちにお委ねいたします。

それが「博士号」でありさえすれば、どこのものでもいいし、どんなものでもいいというようなことは、一度として考えたことがありません。「博士になりたかった」のではなく「信頼していただけるファン・ルーラー研究者になりたかった」だけです。

留学経験と海外の学位が無くても「ファン・ルーラー研究者である牧師」として(学的に)信頼していただくということがもし可能であるならば、それで満足です。「大学教授になりたい」という願いは私には皆無だからです。

このことは私を個人的に知っている人々は知っていることです。現実の私の姿を見て「博士の器」だと思う人は一人もいませんが、「ファン・ルーラー研究のために人生のかなりの部分をささげようとしている人間である」とは見えているはずです。

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教授の一生

「関口 康 小説」なるバカな名前を付けたページを作ったまま放置してあります。何を始めるかを考えているうちに結局たどり着いたのは、ファン・ルーラーの生涯を小説風に描いてみたいという思いでした。というか、スポーツや娯楽や諧謔に疎い私にはそのようなものしか書けそうにない。彼の生涯を「事実に基づくフィクション」として書くとは何を意味するのかはこれから考えるとして。資料だけは山ほどあります。結構面白く書けそうな気がしています。タイトルは「教授の一生」(仮題)としておきます。

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2009年10月 5日 (月)

国際ニュースで学ぶオランダ語

「ラジオオランダ世界放送」(Radio Nederland Wereldomroep)国際ニュースの2009年10月4日(日)午後8時50分(現地時刻)配信分より。

【本文】

* Weggestuurde Japanse oud-minister dood

De Japanse oud-minister van Financien Shoichi Nakagawa is dood aangetroffen op zijn bed. De doodsoorzaak is nog niet bekend; volgens de politie zijn er geen sporen van geweld. De 56-jarige Japanse minister werd in februari wereldnieuws, toen hij bij de G-7 in Rome zat te knikkebollen en op een persconferentie nauwelijks uit zijn woorden kwam. Het leek erop dat hij dronken was, hij sprak dat later zelf tegen. Hij zou last hebben gehad van medicijnen en een jetlag. Kort daarna moest Nakagawa aftreden; eind augustus verloor hij ook zijn parlementszetel.

【発音】

ドゥ ヤパンセ アウトミニステル ファン フィナンチエン ショウイチ ナカガワ イス ドット アンヘトロッフェン オプ ゼイン ベット。ドゥ ドーツオルザーク イス ノフ ニート ベケント。フォルヘンス ドゥ ポリチー、ゼイン エル ヘーン スポーレン ファン ヘベルト。ドゥ ゼスエンフェイフタハ ヤーリヘ ヤパンセミニステル ヴェルト イン フェプルアリ ウェレルトニーウス、テーン ヘイ ベイ ドゥ ヘーゼフェン イン ローム ザト テ クニッケボーレン、エン オプ エーン ペルスコンフェレンチー ナウェラックス アイト ゼイン ウーデン クワム。ヘット レーク エロプ ダット ヘイ ドロンケン ヴァス、ヘイ スプラック ダット ラーテル ゼルフ テーヘン。ヘイ ゾウ ラスト ヘペン ヘハト ファン メディセイネン エン エーン イェトラフ。コルト ダールナ メースト ナカガワ アフトリーデン。エイント アウフストゥス フェルロール ヘイ オーク ゼイン パーレメントゼーテル。 

【和訳】

・Weggestuurde Japanse oud-minister dood
 辞めさせられた日本の元大臣が死去
・De Japanse oud-minister van Financien is dood
 日本の元財務大臣が死亡した
・aangetroffen op zijn bed
 自分のベッドの上で発見された
・De doodsoorzaak is nog niet bekend
 死因はいまだ不明である
・volgens de politie
 警察によると
・zijn er geen sporen van geweld
 暴力の形跡はない
・De 56-jarige Japanse minister werd in februari wereldnieuws
 56歳の日本の大臣は2月に世界のニュースになった
・toen hij bij de G-7 in Rome zat te knikkebollen
 ローマでのG7のとき座って居眠りした
・op een persconferentie nauwelijks uit zijn woorden kwam
 記者会見のときほとんど何も言えなかった
・Het leek erop dat hij dronken was
 飲酒していたように見えた
・hij sprak dat later zelf tegen
 それを後に自分で否定した
・Hij zou last hebben gehad van medicijnen en een jetlag
 薬と時差ぼけのせいにしたらしい
・Kort daarna moest Nakagawa aftreden
 まもなく辞職せざるをえなかった
・eind augustus verloor hij ook zijn parlementszetel
 8月末に国会議員の座を失った

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2009年10月 3日 (土)

教室廃止のお知らせ

「改革派神学研修所 東関東教室」を廃止しました。謝罪文を同教室のホームページに記しました。

改革派神学研修所 東関東教室
http://higashikanto.reformed.jp

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モノローグ

年齢のせいなのか、最近、独り言が多くなって、ひどく困っています。少し格好つけていえば、持って行きどころがない思いのようなものが襲って来て、外に洩れだし、溢れだしてしまう。そんな感じです。

だいぶ前に「改革派教義学」というサイトを立ち上げましたが、その中の「付録 改革派教義学 人名辞典」の作成に協力してくださる方々がおられないものかと、独りでつぶやいています。

“協力してくださる方々”というふうに書くと、私が「主」で、その方々を「副」の扱いにしてしまうことになるのかな、別にそういう意味ではないのだがな、“手伝ってくださる方々”のほうがいいかな、いやおんなじか、日本語は難しいと、またブツブツ。

特に願っていることは、外国語版のWikipediaにただリンクさせているだけの行がたくさんあるので、とりあえずそれぞれの日本語版を書いてくださる方がおられないだろうかということです。最初は、どの言語かの日本語訳で十分すぎるほどです。英語からの翻訳であれば得意な人はたくさんいそうだけどなあと、ブツブツ。Wikipediaはあくまでも公共のものであり、私物化できませんので、私はただリンクさせていただくだけなのですが。

しかし、こういうことをどなたかに“お願い”する権限や権威は、神学校の教授でも講師でもない私には無いよなあ、「へえ、何かのプロジェクトチームのリーダー気取りですか」とでも思われて失笑を買うくらいがおちだよなあと、堂々巡りが始まります。

「人間、権力というのはたぶんこういうときに欲しくなるのかもしれないなあ」と誘惑されもする。無冠の人間の限界を痛感します。

私の独り言の内容は、いつもこのようなことばかりです。ワインの銘柄とか、サッカーの話とか、そういうことにでも関心があれば(全く関心がないから書いているのですが)、もう少し人間としての魅力を持ちうるのかな、ダメだこりゃと、自嘲する日々です。

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2009年10月 2日 (金)

まとめ

本日の午後に予定されていた一つの委員会(私が委員長です)が延期となったため、時間の余裕が少しだけできました。私の目下の関心をまとめていうとしたら(あまりまとまっていませんが)、次のようなことです。すなわち、

・依然として「外国の宗教」然としたままであるキリスト教を、
・日本人に対して、日本語で語る、日本人の説教者(≒牧師)が、
・どうしたら外国コンプレックス(≒学歴・学位コンプレックス)から自由にされ、
・しかも、大雑把にではなく、一つ一つの概念において(神学的に)正確に、
・伝えることができるか、 です。

このことについて現時点の私が考えていることは、(えらそうな言い方で申し訳ありませんが)「ぜひ私と同じ道を辿られたらよい」ということです。プロフィール

イバる意味で申し上げるのではありません(イバれる要素は皆無です)。イバりたいのではなく、感謝したいのです(本心です)。小学校から高校まで「国立ないし公立」でしたので、この国の皆様の尊い税金で勉強させていただきました。また、(日本の学校制度でそう呼ばれているところの)大学も大学院も、そして神学校も「教団ないし教派立」でしたので、 教会の皆様の尊い献金で勉強させていただきました(「親が牧師である」という意味ではありません。私の親は牧師ではありません)。つまり私は文字通り「すべてを他人(ひと)のお金で」勉強させていただいたのです。

そして、小学校から神学校までのすべてを日本国内で仕上げることができるのですから、私が辿ってきた道こそが、最も低額で(※注1)、最も簡単で(※注2)、最も確実な(※注3)道です。ギネスブックに認定してもらえるのではないかと思うほどです。

(※注1)この点が非常に重要!
(※注2)私ごときが辿ってこれました。
(※注3)今の私には特にこれといったコンプレックスはありません。

「これから牧師をめざそうと思っている中学生・高校生」に私の言葉が届くかどうかは分かりませんが、その方々の参考になればよいのだがと、ひそかに願っています。

ただし、私の経歴には最大の難点があります。それは、いわゆる「つぶし」が全く効かない道であるということです。牧師以外のことはナンニモできません。

あるいはまた、『週間ダイヤモンド』とか『月刊プレジデント』といったコンビニの雑誌棚に並べられている雑誌の特集記事(「学歴と出世、お金、結婚」とかそういうの)に登場するブリリアントな人々の「対極」を行く道であるということだけは確実です。もしそういう方面に少しでも関心を持っておられる方には、私の辿ってきた道は全くお勧めできません。 

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「しっかりと考えるときは誰でも母語で考える」

「自分の経歴を理想化している」と見られるようなことを書くと、ただひたすら失笑を買うだけであることは、目に見えています。

が、経験者にしか語れないこともあるに違いないと信じて、勇気を出すことにします。

県立普通科の高等学校を卒業してすぐに「東京神学大学」に入学し、そこで6年の時を過ごしました。また「神戸改革派神学校」にも聴講生として2か月半、そして二年次編入者として1年3か月在学し、卒業しました。

「東京神学大学」はTokyo Union Theological Seminaryと言い、「神戸改革派神学校」はKobe Reformed Theological Seminaryと言い、外国人から見れば両者は同格のSeminary(にすぎない学校)であり、それこそ外国人から見ると「大学(University or College)を卒業していない」と判断されても仕方がない経歴の持ち主でもあるわけですが、それはともかく。

私自身は、合計約7年半のあいだSeminaryというトポスに身を置くことができたことこそが、説教者としての今日の働きにとって大きな意味を持っていると今でも確信しています。私のような飲み込みの悪い人間には7年半でも少なすぎるくらいです。実際、いまだに書生のようなことを続けています。先輩たちから「関口くん、あんたはいつまでそんなことをやっているつもりなんだい?」と言われながら。

「学歴」とか「学位」の話をしているのではありません。そのように受け取られるとしたら私の意図に完全に反しています。上記のとおり私の経歴にはUniversityもCollegeも登場しませんので「学歴」という点では全くお話になりません。高卒で芸能界に入った人々に(ほんのちょっとだけ)似ているかもしれません。

むしろ強調したいことは、時間の長さです。しかも、(あえて嫌われることを書きますが)「日本国内の」Seminaryに身を置くことができた長さです。

翻訳家の山岡洋一氏が「翻訳通信」(PDFマガジン)の最新号に書いておられたことに、とても励まされました。

「問題は、英語をしゃべるかどうかではない。何をしゃべるかなのだ。英語で中学生か高校生程度のことをしゃべるよりも、日本語でしっかりした発音をして、英語は通訳に任せる方がはるかにいい。この当たり前のことをしっかり確認しておくべきだ。何をしゃべるかが問題だと気づけば、しっかりと考えておくことがいかに重要かが分かる。しっかりと考えるときは誰でも母語で考える。英語で考えるべきだという人がいるが、不自由な外国語を使えば、幼稚なことしか考えられない。だから、母語で、日本人なら日本語で考える。」

これも「嫌われること」であることは重々承知のうえであえて書くことですが、日本の牧師たちの中に、「日本国内の」Seminaryと名の付く場所に2年とか、3年3か月とか、長くても4年「程度しか」身を置いたことがない人々が多いと思われることと、「なんとか的」という(それ自体はほとんど意味不明の)アヤシゲな概念用語で煙(けむ)に巻こうとする人々が少なくないと感じられることとが無関係ではないようだという気がしてなりません。

一つの概念の意味を「母語で」しっかりと考え抜くこと。しかも、独学の自我流や無手勝流ではなく、特定の(優れた)教師のもとで習うこと。しかも、かなり長期にわたって、特定の指導教授のもとにあることが、よりふさわしい。

そのようにでもしないかぎり、一つの概念の意味を多くの人の前できちんと「母語で」説明するという基本中の基本のことでさえ困難であり、おそらくは不可能なのだと思われてならないのです。

関連記事:

「いわゆる教会用語について」

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2009年10月 1日 (木)

嫌いな言葉(3)

「なんとか的」と言うこと自体が間違いだと言いたいわけでもないのです。

とくに、翻訳をしなければならない場面では「他に訳しようがない」とも言えます。たとえば、biblicalに「聖書的」、またreformedやreformationalに「改革派的」や「改革主義的」といった辞書的な訳語を(ジグソーパズルのように)割り当てることが間違いであると言われると困ってしまうという人も多いでしょう。私自身も、翻訳の場合には似たようなことをしていますので、他人(ひと)のことは言えません。

とはいえ、たとえ翻訳の場合であっても、「辞書や脚注など無くても、本文を読むだけで意味まで分かるように訳すべきである」というのが今日の趨勢になっていますので、ただジグソーパズルをして済ませることで「翻訳できました」と安心することもできないのが実情です。

そのことよりも私が問題にしたいのは、「なんとか的」というレッテルを貼ってみせることで何事かをズバリ言い当てたかのような気になって(させて)、思考停止する(させる)ことの愚かさです。

その言葉の意味が分からない人たちが恐る恐る「あのー、『なんとか的』ってどういう意味なのでしょうか。教えていただけませんでしょうか」と聞こうものなら、「そんなことも知らねえのか」と言いたげな白い目を向けるばかりで、まともに答えようとしない。

じつは、その人々にも答えることができないのだと思います。深い意味を理解してきちんと説明できるくらいなら、「なんとか的」という言葉を振り回して人を煙(けむ)に巻いたりはしないものです。

「アホ」だ「てめえ」だ書くことに人を躓かせるものがあることは分かっていますが、これくらい強く言わなければ理解してもらえませんので、あえて憎まれるような言い方をしているつもりです。

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嫌いな言葉(2)

それにしても、「なんとか的」という教会用語が多すぎることを恥ずかしく思っています。こういうのを、まさに悪い意味で「翻訳調」と言うのです。翻訳家の山岡洋一氏が常に痛烈に批判しておられる点です。横のものを縦にして「なんとか的」といいさえすれば何かを言い終えた気持ちになるのは、我々の悪い癖です。

もう廃れたのでしょうか、つい最近まで流行っていた「テーキーナー」「ミーターイーナー」と大声で叫ぶ漫才を思い出します。

「聖書的な」という言い回しも、かなり嫌いです。異端審問官的な感じで脅迫的に突き付けてくる「聖書的か否か」は、私に言わせていただくと、ほとんどの場合、意味不明です。

その問いを突き付けることで何をおっしゃりたいのかがこちらで理解できないという意味で「意味不明」です。

また、おそらくは、そのようにおっしゃっているご本人がそれによってご自分で何を言いたいのか分かっておられないようでもあるという意味でも「意味不明」です。

「日本人的な」という言葉を悪い意味でしか使わない日本人の説教者もたくさんいます。アホかと言いたくなります。「だったら、てめえはナニジンなんだよー」と。

「聖書的でない」や「改革派的でない」という言葉も、黙って聞いていると、「人間的である」というのとほとんど同じ意味で使っていることに気づかされます。どうやら根っこは同じです。

しかし、このテーマは、考えれば考えるほど、非常に深刻なものです。十分に博士論文のテーマになります。

日本の(とりわけプロテスタントの)教会の中に「神中心主義」の衣をかぶった「ヒューマニズム嫌い」ないし「人間嫌い」が色濃く見受けられます。私はこれを「羊の衣を着た狼」であると見ています。非常に邪悪極まりない何かです。

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