以下の話題は繰り返し書いてきたことですが、10年越しの主要な関心事の一つですので、必要を感じたときには何度でも書き留めておくことにします。
SNS(ソーシャルネットワーキングサーヴィス)と総称されるPlaxo(アメリカ)、mixi(日本)、Facebook(アメリカ)、twitter(アメリカ)、Wassr(日本)などを「これが神学研究に活用できるものかどうか」、いえ、もっとはっきり言えば「これ(SNS)がファン・ルーラー研究会に活用できるものかどうか」を知りたいと思い、数年前から《試して》きました。
もう少し詳細に言います。ファン・ルーラー研究会は10年前から「メーリングリスト」という形態をもって活動を続けて来ましたが、「メール」独特の“刺激の強さ”が災いするケースも無かったとは言えません。実際、血圧が変動するくらいのショックを感じたこともあります。あの強烈な刺激こそが我々を勉学に向かわせる原動力にもなったと今も信じていますが、マイナス面があったことも否定しません。それで、もしあの刺激を少しくらい緩和することができたら、お互いを傷つけあうようなトラブルにまで発展せずに済み、より建設的な方向に向いていくのではないかと考えての「次善策」としてSNSを活用する可能性を探ってきた次第です。
しかし、はたしてSNSは「神学のトポス(場)」になりうるでしょうか。私自身は現時点ではどちらかといえば否定的な気持ちです。SNS自体に難癖をつけたいわけではなく、SNSを直接的な意味での「会場」にすることにはいろんな点で無理がありすぎるという意味です。SNSに対する使い方や関わり方が悪いだけかもしれませんが、まだかなり微妙な気持ちです。
何かトラブルが起こっている最中などには、そもそもインターネットを「神学研究」に活用することは無理なのだと言ってしまいたい衝動にさえ駆られることもないわけではありません。しかしそれは比較的「大都市部」にいる者たちの贅沢な意見というべきものであって、「情報格差」を痛烈に感じる地域で働いておられる牧師や教会の方々、あるいは海外に留学されている方々にとっては、インターネットを「命綱」のように思っている方もおられるはずです。
それは自分自身の体験でもありますので、「キリスト教専門書店」など望むべくもない過疎地等におられる方々の気持ちは、よく分かっているつもりです。私の気持ちは「これからの時代においてはインターネットを神学研究のために活用しなければならない(We have to use the Internet for doing Theology in the New century)」というものです。
私はメールであれ、ブログであれ、どこであれ、いつもジョークばかり書いています。しかしだからといってインターネットとのかかわりを悪い意味での「遊び」や「暇つぶし」という感覚だけで続けてきたわけではないつもりです。夜も昼もインターネットを主たる媒体として文字を書き続けていますのは、「情報が無い」ということが我々人間にとってどれくらい寂しくつらいことであるかを痛いほど体験してきた者としての「償い」のような気持ちを持っているからです。
しかし、他方で、インターネット上のトラブル、とくにメーリングリスト上の激突は、心理的に大きな負担になるということも我々が味わってきたとおりです。ファン・ルーラー研究会のメーリングリストを続ける責任を感じるけれども、続けにくい。それが正直な気持ちでした。
そもそもSNSを始めることになったきっかけは、我々にとってはお馴染のニューブランズウィック神学校のポール・フリーズ教授がPlaxoというSNSに誘ってくださったことです。
そのとき感じたことは、(やや侮蔑的なニュアンスで)「あらら、アメリカの神学者たちは、こんな怪しげものを神学研究に利用していらっしゃるのか」ということでした。しかし、尊敬するフリーズ先生から誘っていただいたことは光栄でしたし、SNSというツールに初めて興味がわいたことも事実です。
そして、このことが、日本で騒がれているmixiというSNSに入ってみようと思った直接の動機になりました。さらにその後、誘ってくださる方もあり、Facebook、Twitter、Wassrなどにも参加してみています。
しかし、残念ながらどれもイマイチです。SNSが悪いと言いたいのではないのですが、SNSが「神学研究のトポスになる」とはどうしても思えないのです。
これまで用いてきた中で最も「神学研究に役に立つ」と感じられたツールは、やはり「メーリングリスト」でした。あの独特の刺激感は神学研究に不可欠な要素です。大ゲンカさえしなければ、あるいは、激突するたびに「退会する、しない」という話になりさえしなければ、「メーリングリスト」という方法がベストであると、今でも信じています。
もう一つの場は「ブログ」であると言いたいところですが、ブログはひたすら、そこに文字を書いている人間の一方的な意見表明の場にしかなりえないと感じられます。私などは開き直っておりますので、ブログをもっぱらプロパガンダの場にさせていただいております。それ(プロパガンダの場)以上のものにはなりえないと信じていますので、せめてそれ以下のものに堕さないよう努力しているつもりです。
しかし、今週月曜日に恵比寿でお会いした友人からお茶を飲みながら聞いたことは「100人以上もの錚々たる方々が登録しておられるあのファン・ルーラー研究会のメーリングリストに何かを書いて送ることにはかなりの勇気が必要である」ということでした。「へえ、そんなもんですかね」としか答えられませんでしたが、敷居を高くしてしまった責任は私にあるかもしれません。
以前からお勧めをいただいているのは「ファン・ルーラー研究会のメールマガジンを始めるべきではないか」ということです。どんな小さなグループでも継続していくためには「定期刊行物」が必要であるというわけです。
タイトルは『月刊 ファン・ルーラー研究』とするか、もっと気のきいた名前のほうがいいかは公募してもいいです。私がそういうメールマガジンを勝手に始めてもよろしければ、そうさせていただきますが、よろしいでしょうか。ご意見をお伺いしたいです。「そういうのが送られてくるようなら退会する」と言われるようでしたら控えます。
モデルとして考えているのは、以前も紹介させていただいたことがある翻訳研究者の山岡洋一氏が続けておられる「翻訳通信」という月刊メールマガジン(登録無料)です。
山岡洋一氏の「翻訳通信」のホームページ
http://homepage3.nifty.com/hon-yaku/tsushin/
このメールマガジンのほとんどの部分を山岡氏が書いておられますが、ときには別の方の文章も掲載されます。「翻訳とは何か」という一つのテーマをとことんまで突き詰めて教えてくれる、価値あるメールマガジンです。