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2009年8月

2009年8月31日 (月)

民主党に期待します

「民主党」に私も投票しました。うれしい結果が出たことを喜んでいます。

土肥隆一氏の当選を新聞で確認しました。土肥氏は現在日本で唯一の、牧師の国会議員です。また参議院議長の江田五月氏のことは、社会民主連合の代表をなさっていた時代(1980年代)から応援してきました(私の祖母と母は父・江田三郎氏の時代から応援しています)。江田氏が日本新党に参加したという報せを聞いたとき(1994年)には喜びましたが、次に新進党のほうに合流なさったとき(同年)には「判断を誤ったのでは」と強い不満を抱きました。しかし、その後(1998年)民主党に参加なさったことで安心し、爾来一貫して支持してきました。他の民主党議員のことは分かりませんが、新鮮さを感じます。

選挙区が遠いこともあって有効で実質的な協力ができたわけではありませんが、自分にもできることからと、土肥氏と江田氏のメールマガジンを読み、そこから見えてくる日本の現在と将来の姿を心に刻みながら、キリスト者と教会の役割や責任を考えてきました。

世代は全く違いますが、土肥氏は大学(東京神学大学)の先輩、江田氏は高校(岡山朝日高校)の先輩でもあります。江田氏とは面識がありませんが、土肥氏は応援メールをお送りしたところ、なんと松戸まで自動車でかけつけてくださったことがあります。

「自民党時代」を過去のものにしてほしい。不可逆運動が長く続いてほしい。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、ひたすら走り続けることです。

土肥氏と江田氏のお二人にはぜひとも入閣していただき、この国をドラスティックに変革していただきたく願っております。

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2009年8月29日 (土)

これは純粋な愚痴ですが同時に提案でもあります

インターネットを自分でも使いながら、インターネット上のブログに「インターネット批判」を今さらながら書くことの無意味さは知っているつもりです。でも、これ(インターネット)は本当にヤバいものであるという自覚なしにいることもできません。

インターネットは「全知全能」(何でも知っているし、何でもできる存在)ではありえませんが、そのようなものに何とか近づいてみせようという強い意志を持っているかのようです。一人一人の目の前に置かれているものは「ただパソコンのみ」(sola machina)なのですが、じっと動かないままでもほとんどのことが間に合ってしまうような錯覚に陥ります。

ちょっと前まで使っていた不便な(CPUが遅いなど)パソコンには依存心を抱く余地がないほどイライラさせられっぱなしでしたが、ハード面が快適になればなるほど、その便利さの深みにはまります。

・パソコンに近づかないこと。

・ブラウザやメールソフトを開かないこと。

・届いているメールも無視すること。

仮にそのようにでもすれば(お酒を飲む人に医者が定期的な「休肝日」を勧めるのに似ているかもしれません。「休コン(ピュータ)日」ですかな)、上記のような錯覚から一時的に解放されてはっと“我に返る”ものがあるような気がしますが、私の体験からいえば、一日も経てば錯覚の状態に戻ってしまいます。

「中毒」や「依存」という表現が、やはりいちばん近い。錯覚は、さらに「倒錯」でもある。

前にも書きましたが、私はかつてパソコンもメールも使っていなかった頃、年賀状を除けば一年にせいぜい5通、多くて10通くらいしか手紙もハガキも書かない人間でした。非常識で失礼な人間だと思われても仕方がないほどに。とにかくそういうことが億劫で、筆不精でした。

それが、今や毎年2千ないし3千通くらいのメールを書くようになりました。その状態が全く切れ目なく10年以上続いています。

ひそかに願っていることは、10年前の状態に戻ればいいのに、ということです。ただし、「手紙やハガキに戻せ」という意味ではありません。そうではなくて、届いたメールにすぐに返信しなくても許されるルールが社会通念になることです。じっくり時間をかけて返事してもよいし、または返事しなくてもよいルール。う~む、ありがたい。

受け取って最も不愉快なメールは、自動的に「開封確認通知」を迫るあれです。メールを「○月○日○時○分○秒」に開封したことをチェックされる。会社等の経営者が従業員の出社時刻をタイムカードで管理しているあれと基本構造が同じです。あのメールが特に同僚である人から送られてくると「あなたはいつから私の上司になったのか」と言いたくなります。慇懃無礼とはあれのことかといつも思う。私は必ず「開封確認を通知しない」を選択するようにしています。送られてきたメールを開封するかどうかは私が決めることであって、監視など一切されたくありません。

また、こちらが書いたメールの送信時刻が相手のパソコンに表示されるのも、実はかなり不愉快です。我々人間の情報交換に関する行動を時系列で管理することを容易にする表示ですから、GPSで個人の行動を逐一見張られているのに匹敵するほどではないでしょうか。

具体的に言えば、「急いで返信してあげなきゃ」という気持ちで未明や明け方までかかって必死で書いて送ると、「関口さん、夜更かしはダメですよ」と咎められる。私の体を心配して言ってくださっている方が多いので、ほとんどの場合は有り難く拝聴しますが、「あんなにがんばって書かなきゃよかった」と後悔するときもあります。

「牧師を引退したらパソコンを棄てることができる。晴れて自由の身だ」。こんな言い方をすると10年前は変な顔をされるだけでしたが、今では納得してもらえるはずです。

他方、「わたしはパソコンもインターネットも使わない“主義”である」と言い張る牧師たちに対しては、今となっては「職務怠慢」の嫌疑をかけなければならないほどです。

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2009年8月28日 (金)

ファン・ルーラーと太宰治

ファン・ルーラーと太宰治。この二人の名前を並べて書くこと自体がすでにかなり強引であるということは否定しません。しかし、私はいま、いろんなことを考えさせられています。

「1908年(明治41年)生まれ」のファン・ルーラーと「1909年(明治42年)生まれ」の太宰は一歳違いの同世代です。現にファン・ルーラーの「生誕百年」の祝いは昨年12月に行われ、太宰のそれは今年行われています。ともかく辛うじて分かることは、両人が「ちょうど百年前に生まれた」という点で一致しているということくらいです。

彼らが「世に知られる」時期も重なっています。太宰の『斜陽』が大ヒットするのは1947年です。同年ファン・ルーラーは神学博士号を取得してユトレヒト大学教授になりました。それまでのファン・ルーラーは教会の牧師でした。「本を書く仕事」という観点から見れば、(牧師の本業は「本を書くこと」ではありません)、牧師時代の文筆業を「下積み」と呼び、大学教授になったときをもって「メジャーデビューした」と把えることは全く不可能な見方でもないだろうと思います。

ただし、翌1948年に太宰は自分の命を絶ちました。三鷹の川で。ファン・ルーラーが「さあこれからが私の出番である」と前向きに立っていた頃に、太宰は入水しました。「世に知られる」時期はほぼ等しい関係であるにもかかわらず、一方は希望に満ちて立ち、他方は絶望して倒れました。

オランダは、第二次大戦における「戦勝国」ではありません。戦前「中立国」の理念を掲げたところ、ナチス・ドイツ軍が侵攻してきました。ナチスの暴力的支配が国土から撤退した日が彼らにとっての終戦です。

日本は「敗戦国」です。太宰の死と第二次大戦との関係は、皆無かどうかは分かりませんが、(三島の死とは異なり)きわめて希薄であると思われます。

それでは太宰は何に絶望したのか。すべては藪の中です。猪瀬直樹氏の『ピカレスク 太宰治伝』(小学館、2000年)はだいぶ前に読みました。猪瀬氏の言うとおりでしょうか。

しかし、最晩年の「如是我聞」(1948年)の中に、私にとってはとても気になる言葉が出てきます。太宰の愛読者たちにはお馴染の言葉なのかもしれません(漢字と仮名遣いを現代的なものに改めました。原文にある改行は削除しました)。

「全部、種明しをして書いているつもりであるが、私がこの如是我聞という世間的に言って、明らかに愚挙らしい事を書いて発表しているのは、何も『個人』を攻撃するためではなくて、反キリスト的なものへの戦いなのである。彼らは、キリストと言えば、すぐに軽蔑の笑いに似た苦笑をもらし、なんだ、ヤソか、というような、安堵に似たものを感ずるらしいが、私の苦悩の殆ど全部は、あのイエスという人の、『己れを愛するがごとく、汝の隣人を愛せ』という難題一つにかかっていると言ってもいいのである。一言で言おう、おまえたちには、苦悩の能力が無いのと同じ程度に、愛する能力に於ても、全く欠如している。おまえたちは、愛撫するかも知れぬが、愛さない。おまえたちの持っている道徳は、すべておまえたち自身の、或いはおまえたちの家族の保全、以外に一歩も出ない。重ねて問う。世の中から、追い出されてもよし、いのちがけで事を行うは罪なりや。私は、自分の利益のために書いているのではないのである。信ぜられないだろうな。最後に問う。弱さ、苦悩は罪なりや。」
(『太宰治全集』第10巻、筑摩全集類聚、筑摩書房、類聚版第一刷1979年、361~362ページ)。

これを読むかぎり、ですが、鼻息の荒さが似ています!ファン・ルーラーと太宰は、義憤の抱き方というべきものが似ています。そっくりと言っても過言ではないくらいに。

太宰の実存とキリスト教の関係は太宰研究者の間でも議論され続けているようです。太宰が「全部、種明しをして書いている」と言いつつ明示している「反キリスト的なものへの戦い」という側面を真剣に取り上げてくださる方はおられないでしょうか。

太宰が死の直前に、あまりにもストレートすぎる義憤と共に告白した「反キリスト的なものへの戦い」の中身は何なのか。これを問うことは太宰をとらえる視点を単純化することにはならず、むしろより多角的で総合的な視点を与え、太宰研究に、いや、もっと言えば「現代日本思想史研究」により豊かな実りをもたらすのではないだろうかと思うのです。

「そういうことはお前がやれ」と(「マッタク、アホラシイ」とため息まじりに)言われるかもしれませんが、私が木に竹を接いだような太宰研究を始めるよりも、もっとふさわしい人がいるでしょう。私に思い当たることは全部書いておきます。

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2009年8月27日 (木)

日記を小説のように/小説を日記のように

私がブログに何かを書くたびに“心配”してくださる方々がいるので、うれしいやら、慌てるやらです。

「これは暇つぶしです」と言うと「おまえはそんなに暇なのか」と怒り出す人が必ずいますので、「これもまた広い意味での牧師の仕事の一環です」と言い張ることにしているのですが、クソ真面目に受け取る人々は(クソは余計ですね、すみません)私の書くすべてが真実であると思ってくださるようですから迂闊なことは書けません。

9割はジョークです(ということにしておきます)。残りの1割は(ナンデショウ?)。

ですから、どうかあまり重く受けとめないでください。

ここに書くほとんどが私小説的な内容になってしまうことには自分なりの理由があります。

太宰治の作品の多くも私小説的なものですが、彼がある人々から「自己愛が強すぎる」という趣旨の批判を受けたことは知っています。きっと私も同じように見られているのでしょうけれど、私ほど自分のことを好きでない人間は少ないのではないか、というくらいの自覚を持って生きているのですが、このことは無理に知らせないかぎり自分以外の誰も知る由もないことです。

自分のことばかり書いてきた(かのように読めるようなことしか書けなかった)理由は、他人の文章の借用や盗用を極端なほどに避けてきたからです。他人に関する個人情報を紹介することについてかなり神経を尖らせ、細心の注意を払ってきました。よほど入念な仕方でご本人の許可ないし快諾を得ることができたときでさえ、公開を踏みとどまってきました。

インターネットには他人のことは何も書けないし、書いちゃあいけないと自分に言い聞かせてきました。ここに自由に書けるのは、結局のところ、自分に関する事実と、公表された他者の文書に対する自分の意見と、私の脳内の妄想のようなことだけです。

私が提案したい命題は「インターネット時代においてはすべては私小説化していく」というものです。

「牧師はいつも遊んでいる」だなんて非難を受けたくないぜ、と憤慨の思いが募ってくるときには今日一日こなした仕事のすべてをリストアップしたくなる衝動にかられますが急ブレーキを踏んで自制します。牧師の仕事の多くの部分は「個人にかかわること」だからです。「ハイ、今日も一日、ヒマでした。アハハ」と、別のことを書き込むのです。

「日記を小説のように/小説を日記のように」書いていくことが日課になりそうです。

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2009年8月26日 (水)

太宰先生ありがとう

柄にもなく今日は、日暮れ時から太宰治なる巨人にのめりこんでいます。今はまだ読んでいる最中ですが、最晩年に書かれた「叙是我聞」(にょぜがもん、1948年)です。初めて読んでいます。内容の紹介は割愛しますが、面白くて面白くて。「これだ!」と感動しています。

先輩文学者を批判する言葉の激しさに引き込まれます。その激しさたるや、これに腹を立てた人によって実は暗○でもされたのではないかしらんと邪推したくなるほどです。

私もかねがね、これに太宰が書いているのと同じくらいの調子で、ある人々を批判したいと願ってきましたので参考になります。なかなか書き言葉にならないことと、勇気がないことで、その批判をまとめて公表することができずに来ましたが、太宰の文章を読んで批判文書というのはこういうふうに書けばいいのだと得心させられています。

太宰がほとんど憎悪の対象と思っているらしい人の姿が、私が長年問題を感じてきた人々の姿と、さまざまな点で符号します。歴史は繰り返しませんが、人間は同じ過ちを何度でも犯すということを確信します。

太宰先生、これを遺してくれたことを感謝し、尊敬します。半年ほど前にヤフオクで『太宰治全集』(筑摩全集類聚)を安く落札したまま放置していました。もうちょっとちゃんと読みますので許してください。

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2009年8月25日 (火)

緊張の日々を過ごしています

恥ずかしい話ですが、今年の私は非常に緊張しています。自己中心的な言い方になってしまうこと自体も嫌なのですが、自分の「壁」を乗り越えられるかどうかを心配しています。本当に恥ずかしい話なのですが、自分への戒めとして書いておきます。

牧師の仕事に就いてから現在の松戸小金原教会で四つめの仕事場になるのですが(兼任の教会を含めると二つ増えて六つめになります)、実をいえば、一つの教会で6年以上働くことができたことがありません。経歴は公開しているとおりで偽りはありません。最長で6年、最短は10ヶ月でした。教会の名誉のために申し上げますが、すべては私の不徳の致すところでした。ご迷惑をおかけした皆様にお詫びしたい思いでいっぱいです。

それでは、今年の私がなぜ緊張しているのか。それは、もちろん、松戸小金原教会に来て今年が6年目だからです。「壁」とは、この6年という時間です。

幸い現在、教会内には大波も小波もありません。平穏無事、和気藹々そのものです。明るくて温かくて優しい雰囲気で包まれています。

私の夢は、この「壁」を乗り越えることができた「来年の私」を一目見てみたいということです。

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2009年8月24日 (月)

やっと追いつきました

「今週の説教」のブログ更新とメールマガジン発行が長らく滞っていましたが、本日やっと遅れを取り戻すことができました。これからもどうかよろしくお願いいたします。

今週の説教 ブログ(デザインを新しくしました)
http://sermon.reformed.jp

今週の説教 メールマガジン(添付PDFをA4判に変更しました)
http://groups.yahoo.co.jp/group/e-sermon/

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2009年8月16日 (日)

停滞していた仕事が少し前進しました

私設ブログ「今週の説教」の更新がこのところ滞っていましたが、とりあえず今夜、これまでのいくつかの礼拝説教のMP3音声を公開することができました(7月12日分と8月9日分の音声が無いのは、他の教会で説教したからです)。

「今週の説教メールマガジン」のほうは、2009年7月5日号(第273号)の配信を最後に、ストップしたままです。こちらも何とかしなければなりません。

これほど長期の停滞状態に陥ってしまったのは、今からちょうど5年前の2004年9月に礼拝説教をブログとメールマガジンで公開しはじめて以来、初めてのことです。

原因は、はっきりと自覚しております。7月初旬に勃発した(より正確には「発覚した」)あるひとつの出来事がきっかけとなって、身辺(わが家や松戸小金原教会の内部ではありません)が急激に変化し、精神的・心理的な面でも非常に大きな負担がかかる状況の中へと巻き込まれてしまったことにあります。しかし、先週の後半あたりから少しずつですが、落ち着きを取り戻しはじめています。

これから何とか踏ん張って、元のペースを取り戻すつもりです。とくにメールマガジンのほうは、記念すべき「第300号」まで残り27回ですので(といっても到達は半年先のことですが)、こんなところで頓挫している場合ではありません。

ついでに紹介。私設ブログ「改革派教義学~カルヴァンからファン・ルーラーまで~」に、20世紀初頭のオランダで活躍した教義学者ヘルマン・バーフィンク(Herman Bavinck [1854-1921])の著書の一覧表をアップしました。まだ日本語に訳せていない部分がたくさんありますが、これだけでもごく大雑把な流れくらいは分かるはずです。

バーフィンク文献目録(改革派教義学~カルヴァンからファン・ルーラーまで~)http://dogmatics.reformed.jp/bavinck_bibliography.html

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2009年8月14日 (金)

「国旗・国歌法 成立10年 踏み絵としての斉唱」の論旨に賛成 追記

磯村健太郎氏が書いていることをよくお読みいただくと、「君が代の歌詞は天皇制をたたえる内容であり、入学・卒業を祝う場にはそぐわないと思っている。有無を言わせずに強いられると、まるで天皇を『神』とする宗教のように感じてしまう」のは、磯村氏自身ではなく、「音楽教員で、英国国教会系の日本聖公会の信徒」である「東京都の公立小学校に勤める岸田静枝さん(59)」であるということを理解していただけます。

もちろん「君が代の歌詞は天皇制をたたえる内容であり」という要約の仕方が乱暴すぎるという批判が出てくるかもしれないわけですが、この記事の趣旨からいえば、重点はそこにはなく、むしろ「有無を言わせずに強いられると、まるで・・・のように感じてしまう」という点の問題性を告発しているものであるということも理解していただけるはずです。

私の読み方が間違っていなければ、磯村氏が代弁している岸田氏の主張の中心にあるのは、言ってみれば、肌感覚レベルの事柄です。「・・・そぐわないと思っている」とか「まるで・・・のように感じてしまう」という表現に表れているとおりです。

つまりここで問題とされていることは、ある特定の宗教・思想・信条等を国家ないし警察権力をもって強制されることによって国民の中に起こる、さまざまな感情的反発の中身です。そして日本国民の中には「日の丸・君が代」が「踏み絵」であると“感じる”人もいるということです。

私はこの“感覚”を共有できる人間ですので、記事に賛成しました。

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2009年8月 8日 (土)

「国旗・国歌法 成立10年 踏み絵としての斉唱」の論旨に賛成

今日の朝日新聞の朝刊(13版)の文化欄(25面)に掲載されている「国旗・国歌法 成立10年 踏み絵としての斉唱」という記事を読みました。まことにそのとおりと思いましたので、連帯の意志を表します。

この記事は東京都の公立小学校に勤めるキリスト者の音楽教員(59歳)の苦悩を紹介しています。記者は磯村健太郎氏です。

「君が代の歌詞は天皇制をたたえる内容であり、入学・卒業を祝う場にはそぐわないと思っている。有無を言わせずに強いられると、まるで天皇を『神』とする宗教のように感じてしまう。君が代のピアノ演奏を命じられることは棄教を迫られるのに等しく、思想・良心の自由とともに、いわば信教の自由の問題にもかかわる問題であるという」。

「それでも、心は揺れた」とあります。「戒告と減給の処分を計4回受けたが、次に予想される停職1ヵ月の処分は避けたかった。定年を来春に控えた彼女にとって児童と過ごす時間は宝物のよう。わずかの間でも引き離されるのは耐えられなかった」。

心は「揺れない」わけではなく「揺れる」。これは信仰の弱さの表れであるとか、首尾一貫性の無さであるというような冷酷な言葉で批判的に追及されるべきことではありません。日本で公務に就いているキリスト者たちの思いを正しく表しているものと思いました(私が生まれる前からキリスト者であった我が両親も公務員でしたので、微妙なニュアンスまで手に取るように分かります)。

「そこで05年4月以降は入学式と卒業式の当日、休みを取ったり、君が代斉唱が終わったあとに途中入場したりした。式典で起立や演奏を拒否したのではないため、処分はなかった。しかし『私は子どもたちを式場に残したまま逃げたのです』と自分を責め続けている」。

そして、この記事は次の言葉で締めくくられています。「(校長の職務)命令に痛みを感じる者がわずかでもいる限り、その心に思いを巡らすことが民主主義には決定的に大切であるはずだ」。

日の丸・君が代の問題は、「信教の自由」という観点から見られるときこそ、問題の核心が端的に姿を表します。我々キリスト者が「信教の自由」を主張するときには、強い自戒と反省の思いを抱いています。なぜならそれは、欧米の歴史の中では主として「キリスト教会の(悪しき)政治的支配力から解放されたい」という市民の願いによって獲得されたものでもあるからです。そのことを我々教会の者たちは、知らずにいるわけではありません。

しかしまた、我々には「そうであるからこそ」言えることもあると思っているのです。「宗教を有無を言わせずに強いられること」に耐えがたい思いを抱き、徹底的に抵抗することこそが(「古代」や「中世」の人間ではなく)「近代」ないし「現代」の人間の特徴であるということをおそらくどこよりも誰よりも深く自覚しているのはキリスト教会自身なのです。

最近は少しぐらいは傾向が変わってきているらしいと聞くことがあるのですが、私の幼い頃(「昭和」で言えば40年代から50年代にかけての記憶)の日本にはキリスト教に対する偏見や反発が非常に強くありました。その中で私は教会の日曜学校をほとんど休んだことがない人間でしたが、それこそまるで常に被告人席に座らされているかのような気分に苛まれながら、小さく丸まって生きていました。マイノリティとしての悲哀を味わった、というようなどこかしらC調な言い方では説明し尽くせないほどの精神的なダメージを少なからず負いながら生きていました。

もちろん、立場を逆にしてみれば、キリスト教が支配的な国の中では、他の宗教の人々が小さく丸まって生きることを強いられていた(いる)かもしれない。しかし、まさにそのときにこそ「民主主義」が本来の機能を発揮すべきです。民主主義が許さないのは、特定の宗教・思想・信条を「国家ないし警察権力をもって」有無を言わさず強制することです。現在の日本の公立学校の教員たちに強いられていることは、まさにそれです。

私自身は「右翼」でも「左翼」でもないと思っています。というか右翼の人からも左翼の人からも違和感を覚えられる存在に見えるでしょう(「中道」でもないので宇宙人に見えるかもしれません)。しかし、現在の日本政治のあり方に対しては手放しに肯定している面(いろんな点で便利になり、生活していくことにほとんど不自由を感じていないゆえに)と、根源的な次元で否定している面(日の丸・君が代などを強制しようなどという、ありえないほどいかがわしい面が残り続けているゆえに)とがあります。

私は日本国内からほとんど出たことがありませんが、ふだんは「日本の」旗や歌とは全く無関係なところで生活していますので(はっきり言ってどうでもいいと思っているところがある)、「国旗・国歌」なるものに関して「ポジティヴな代案」を提出できる立場にはいません。独立国家には自国のシンボルとなる旗や歌が必要不可欠なのだという言葉を聞いても何の説得力も感じませんが、何が何でも必要であるということであるならば、天皇賛美(それは宗教です)につながらない全く別のものに変えてほしいと願っています。

だんだん自分の身の上話になってしまいました。すみません。この記事をお書きになった磯村健太郎氏にも感謝します。

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拡散はまずい、収斂せよ

TwitterとFacebookを始めてみて一週間経ちました。今の感想は微妙です。

意識がどんどん拡散していくのを実感しました。いま「実感」と書きましたが、正しくは「痛感」です。パソコンの前にいるときには、メールと、ブログと、mixiと、Twitterと、Facebookと、ついでにWassrというのも加わって6ポイントを順繰りにチェックし続けている状態になり、小さなパニックでした。メールの返信やブログの更新に支障をきたすほどでした。

もう少し慣れれば変わってくるものがあるのかもしれませんが、いまの状態のままが続くようだと私のキャパを超えます。「ダメだこりゃ」です。パソコンの命は「いかに一極集中しうるか」にかかっていると考えている私としては、意識が拡散されていく方向へと自分を追いこんでしまうことは、ポリシーに反します。

まあ、もう少し実験したり様子を見たりしてみたいとは思っていますが、結局はメールとブログだけのところまで戻ってしまいそうな気がしています。

欲を言えば、本当は私はそろそろネットから・・・いえ、これは言わないでおきます。

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2009年8月 7日 (金)

理想と現実

ちょっと大げさなタイトルを付けました。先ほどのことですが、Facebookにファン・ルーラーに関するページが無いことが分かりましたので、さっそく新設しておきました。表題は「Arnold Albert van Ruler」です。興味がある方はぜひ探してみてください。

この話題、「Facebookが何のことか分からない」という方は無視してくださって結構です。私としても、新しいページを設置はしましたが、「管理人」のようなことを自任するつもりは全くありません。ぜひいろいろ教えてください、という気持ちです。

それに、Facebookに期待したいのは、何と言ってもやはり「国際的な」関係構築でしょう。日本語のやりとりにはあまり向いていない感じです。外国語のコミュニケーションが得意でない私は、ただ傍観するのみです。

ところで、これはまだ私見ですが、「ファン・ルーラー研究会」(Van Ruler Translation Society)を今後どのように続けていくべきかを考えています。

いまからちょうど10年前(1999年)にメーリングリストの形でスタートした研究会ですが、メーリングリストを介しての神学議論は、あまりにもダイレクトすぎるからでしょう、心理的にショックが大きすぎるものがあることを互いに認識し、現在はメールのやりとりを停止しています。

しかし、ファン・ルーラー研究会そのものは解散したわけでも消滅したわけでもなく、今でも存続しています。我々の最終目標である日本語版『ファン・ルーラー著作集』(仮称)の出版が実現するまで、研究会は存続するでしょう。とはいえ、メーリングリストでのやりとりを再開することはかなり難しいだろうと私は考えています。

それではどうするか。最も理想に近いのは、FacebookのようなSNS(ソーシャルネットワークサーヴィス)を利用したやりとりかなと思っています。ただし我々の研究会の本質は「翻訳会」(Translation Society)ですから、もっぱら日本語でやりとりできるSNSであることが重要な意味を持ちます。

mixiが利用できるかと少し期待しましたが、匿名性が高く、馴染まないものがあると分かりました(mixiそのものを批判しているのではありません。「ファン・ルーラー研究会」の活動の場にはなりにくいと言っているだけです)。

どうしたものかと悩んでいます。

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2009年8月 6日 (木)

脱稿

ストライキしていたわが脳みそくんを叱咤激励しながら、ようやく今日、一つの原稿を書き上げて編集者に送ることができました。ファン・ルーラーについて書いたものですが、ある大学の出版会が発行する教材誌に掲載していただける予定です。しかし、この安堵感も束の間、もう一つ、ピリピリしながら待たれている原稿が残っています。がんばらねば。

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2009年8月 5日 (水)

それではブログとは何なのか

Twitterに自分のアカウントを登録し、他の何人かのつぶやきのフォローを始めました。勝間和代さんのつぶやきが非常に面白くてハマり気味です。「仕事ができる人ほど多くつぶやく」という命題を思いつきました。「つぶやきが少ない人は仕事ができない」という逆命題が真理かどうかは不明です。

Twitterを始めてから考えさせられたことは、「これ(Twitter)とブログの違いは何だろうか」ということです。単に字数が140字に制限されているだけで、ブログと同じだろうと予想していましたが、実際に始めてみると明らかに何か違うものを感じます。チャットとも全く違います。

いろんな見方があることは尊重します。しかし現時点の私の率直な感想を書きとめておきますと、伝統的な意味での「日記」(diary)というカテゴリーに最も近づいたのが、実はこのTwitterではないかと思いました。

前にも「ブログは『日記』ではありえない」というタイトルのもとに書いたことがあるとおり、このブログに「関口 康 日記」と名付けているにもかかわらず、これを「日記」であると考えることは私にはどうしてもできません。前に書いたことの趣旨は、「日記」には個人情報など「最高機密事項」を書くことがありうるが、不特定多数に閲覧可能なブログというこの場所にそういうことを書くことはありえないだろうということでした。

この点ではTwitterも同じです。Twitterに「最高機密」を書いてしまう愚に陥らないように気をつけなければなりません。しかし、この点(最高機密をこんなところに書いてはならないこと)を除いては、Twitterは、私のカテゴリー表の中では限りなく「日記」に近いものです。どうやら私は、こういうものを長年求めていたのです。

しかし、今書いたことが分かった時点でふと考えさせられたことは、「それではブログとは何なのか」です。

さっそく私の中で始まってしまったのは、短くつぶやきたいときはTwitter、長くつぶやきたいときはブログ、というふうな使い分けです。それは明らかに、Twitterとブログはベツモノであると私の感性が認識した証左です。

ブログに一行、二行といった短い文章しか書かないと、どうも見てくれが悪い。ある程度の分量を書かないと、格好がつかない。これに対してTwitterの字数制限は140字ですから、分量ある文章を書きたくても書けません。

まだ確信には至っていませんが、ひょっとしたらこんな(↓)感じかな、とも思いました。

Twitterに書くのは「歌詞」、ブログに書くのは「その歌詞の解説」。

う~ん、違うか。

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当然の成り行き

いま相当スランプです。何も書きたくないし、何も考えたくない。わが脳みそがご主人さまに逆らってストライキを起こしています。

原因は分かっています。今年の前半ものすごく忙しかったですから。昨年立てた予定では、のんびり過ごす一年のはずでした。それが、あれよ、あれよ。予定外の仕事がどっかんどっかん目の前に積み上げられて行きました。

「150年に一度」とか「500年に一度」という仕事ばかりで、未体験ゆえの手探り作業の連続でしたので、十分な働きができたかどうかは分かりませんが(どの程度が「十分な」働きなのかが比較する前例が無いので分からない)、とにかくみんなで力を合わせてやり遂げました。

その喧噪状態から「解放された」と言える状態にやっとなったのが先週の土曜日でした。

案の定、今週はがっくりです。頭の中に力がわき上がって来ません。脳みそが偉そうにどっかりあぐらをかいて「おれは何も考えないぞ」と腕組みしながら頑張っています。

しかし、ありゃりゃ、私がその状態になった途端に私設ブログのすべてのアクセス数が急激にダウンしております。昨日は今年前半の好調時の2割ほどのアクセスしかありません。

書き続けるかぎり、読んでいただけるものもある。書けなくなったら読者も失う。当然の成り行きですが、「人生とは厳しいものである」と、わが貧しき脳のかい主が、恨めしそうにつぶやいています。

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