遊び人の発想(4)
私の仕事の性質からいえば、「完成品」についてはパソコン内に保存し続ける必要がありません。むしろ「未完成品」だからこそ、すなわち、微妙なニュアンスを常に追求するために毎日書き直したいからこそ、(一時的・瞬間的に)保存しておくだけです。
いわばその程度のもの(一時的・瞬間的なひらめき!)を、今回の「パソコンクラッシュ」によって失ってしまったことを、私は非常に残念に思っているのです。
これまで、それこそ後生大事にしてきたものは、パソコンを持っていなかった頃にはスーパーマーケットで受け取るレシートの裏側に走り書きしていたようなメモのたぐいです。ゴミといえばゴミです。それがパソコン内に移動しただけのことです。それを失うことは、かなり大げさにいえば一種の「記憶喪失」に近い。脳内に冷たい風が吹き、寂しさが漂っています。
しかし、それはまた、次の瞬間には忘れてしまうようなことでもある、と言えなくもない。「次の瞬間に忘れてしまうくらいのことには永続的な価値はなかったのだ」と、それらを失った今は、そう思うことにしています。
でも、こういうのって、実に「遊び人」の発想だよなあと、我ながら思います。会社勤めをしておられる方々には理解できないほど間抜けな話なのでしょう。自分で自分に呆れます。
十二、三年前から「下書き」のままの文章を毎日のように書き直し続けている人間が、このクソ忙しい時代の中で何人くらいいるでしょうか。「そういうのは私だけだ」と、そんな不遜なことは思いませんが、たぶん少ないだろうなあと想像しています。
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