« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

2009年5月

2009年5月30日 (土)

いわば「距離感と影響力の関係」のようなこと(5)

しかし、です。これまで書いてきたことには大きな穴があるということを知らずにいるわけではありません。

厳然たる歴史的な事実は、あの新約聖書のパウロ書簡こそは、まさに典型的に、私が最下位に置いた「10.私信メール」に分類されるべきものであるということです。

しかし、しかし。そのパウロ書簡がもちえた「永続的影響力」たるや!(以下省略)

パウロ書簡は、今でいえば、たとえば「ローマの信徒へのメール」さながらであり、「コリントの信徒へのメール」さながらです。

複数教会の間で回覧されていたという点からいえば純粋に「私信」とまでは呼べないかもしれませんが、ほぼ確言できることは、それは「狭い範囲におけるメディアによるコミュニケーション」というに限りなく近いものであるということです。

すなわち、いうならば、「同質の宗教的確信ないし明文化された・または不文律である信仰箇条(信仰告白)において一致した(狭い)宗教的コミュニティ内部の回覧文書としてのパウロ書簡」です。

もしそういうものであるとパウロ自身が認識していなかったとしたら、「いっそのこと自ら去勢してしまえばよい(アソコを全部ちょんぎっちまえ!)」(ガラ5・12)のようなブッチャケ下ネタまでは、たぶん書かなかったでしょう。

とはいえ、このことと同時に考えさせられたこともあります。

それは、パウロ書簡の「永続的影響力」が発生したのは、歴史的に見れば、少なくとも「パウロ死後」のことでしょうし(パウロ個人に対するキリスト教的偉人としての評価の発生)、何より教会による「正典化」が決定的な意義をもったでしょうし(新約諸文書に対する崇敬の発生)、キリスト教のローマにおける「国教化」も大きいでしょう(キリスト教宗教の政治的影響力の確立)ということです。

それは結果論かもしれませんが、我々現代人が知っているのは、まさに結果です。「そもそもパウロ書簡には、これが書かれた当初から永続的影響力があったのだ」と自信をもって堂々と語ることができるのは、歴史と現在における聖書の不動の地位を知っているからです。

問題にするほどもないかもしれないことは、我々自身が書いたメール(≒はがき、手紙)が今から二千年後には、現在のパウロ書簡と同等の地位を有していることがありうるかどうか、です。

199X年、A牧師がB長老にメールを送りました。そのA牧師が200X年には、その教会(教団)の大会議長(教団議長)になりました。201X年、その教会(教団)は、新党「日本キリスト教民主党」の支持母体となり、A牧師は衆議院議員になりました。202X年、同党党首であるA元牧師は、日本国総理大臣になりました、とさ。

たとえば、こんなふうなことが起こったとしたら、199X年にA牧師がB長老に送ったメールには国宝級の価値が発生する、かもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

いわば「距離感と影響力の関係」のようなこと(4)

そして、ここに特に書いておきたいことは、このような「紙媒体へとつなげていきたい」とする明確な戦略的意図(ストラテジー)を有するという意味で「トータルな」観点から見たインターネットのあり方です。

「影響力の永続性」という観点から見れば、(個人レベルの)インターネットメディアとしては、おそらくブログが最高位ではないでしょうか。というか、ブログはほとんど飽和点に近いものであるような気がしています。そして(もちろん異論はありえますが)メールマガジン、SNS(mixi等)、メーリングリスト、私信メールと続くでしょう。これはちょうど人間関係の「距離感」において遠いほうからだんだん近づいてくる順序であると私には思われますが、どうでしょうか。逆からいえば、人間関係が「ベタなもの」、つまり、濃密であるが狭い範囲にとどまるもの(影響力は小さい)をより下位のほうに置き、そこから次第に「公共的なるもの」(影響力は大きい)を獲得していく順序を辿ってみたつもりでもあります。「このような観点や問題の立て方自体が間違っている」という意見があれば、それを尊重すること、やぶさかではありません。

この中に「匿名掲示板」を含めない(含めたくない)理由は、まさに「匿名」だからです。匿名であることが悪いと言いたいわけではなく、匿名の文筆活動を「わたしの言葉」の中にカウントすることは難しいと思っているだけです。

また、(ブログとは区別される)「ホームページ」というのは、どのように評価すればよいかが、よく分かりません。イベント情報などの告知板としては十分すぎるほどの効果を発しうると思いますが、宗教的・歴史的・社会的・文化的な意味での「永続的な影響力」なるものを「ホームページ」に期待できるでしょうか。無理ではないかと感じられてなりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

いわば「距離感と影響力の関係」のようなこと(3)

そして、ここから先はやや脱線気味のことですが、私の狭い範囲の体験から言いうることは、前記ランキング表(案)のうち4(定期刊行物での発表)から10(私信メール)までは、執筆者は無給ないしマイナス(自費持ち出し)であるということです。ぎりぎり4(定期刊行物での発表)には謝礼程度のものがつく可能性がありますが、よほど著名な雑誌や紀要ならばともかく、多くの現実はほとんど無給に等しいと言ってよいでしょう。

この点が重大な意味を持ちはじめるのは、「それによってお金(給料ないし謝礼)を受け取っている働きは『仕事』であるが、そうでないもの(お金にならない働き)は『遊び』である」ということを悪い意味で確信している人々に出会うときです。

その人々にとっては、4から10までは(悪い意味での)「遊び」なのです。1から3までが「仕事」です。私に言わせていただけば、これから先の時代においては、4から10までのことに真剣に(仕事同然に)取り組んだことがない人は、1から3までに進んでいくことができません。そのように断言してよいと思っています。

しかしまた、1(著作集)は別格扱いですが、2(文庫・新書)と3(単行本)の場合であっても「売れる」または「当たる」まではマイナス(持ち出し)であるということは明白です。私自身は、1から3までの体験がまだありません。上記の価値観を持つ人々からみれば、すべて「遊び」でした(ごめんなさい)。つまり、私は、文筆活動によって儲けたという経験(=研究活動費を得たこと)が、まだ一度もないのです。しかし、だからこそ、「売れない」または「当たらない」執筆者の気持ちがよく分かるつもりでいます。

1(著作集)の実現は、「売れた」または「当たった」ことがある文筆家だけに許されている特権でしょうし、すでに十分な支持者(読者)を得ている人の王冠でしょう。もちろん、なかにはその作家自身の持ち出しで作られる「著作集」もあるかもしれませんが、支持者によって結成された「著作集刊行会」などが資金面を支えるのではないでしょうか。

しかしお金の問題は一瞥するだけにして横に置きます。前記ランキング表(案)に電気信号媒体のもの(ブログ、メールマガジン、SNS、メーリングリスト、私信メール)と紙媒体のもの(著作集、文庫・新書、単行本、定期刊行物、私家版)とをわざわざ混在させている意図は、どちらであってもそれらの媒体によって出回るものは我々自身が発するコトバであり、我々が書くモジであることに変わりはないという点を明らかにしたいからです。

異なるのは、書き手の側からいえば「見せ方」(プレゼンテーション)、読み手の側からいえば「見え方」(外観、外見、見てくれ)だけです。いかなる媒体を用いるにせよ、紛れもなくそれは、わたしが発したコトバであり、わたしが書いたモジであり、すなわち「わたしの言葉」であることに変わりはないのです。

ところが、この「見せ方」ないし「見え方」によって「影響力」という点が全く変わってくるわけです(ここに「お金のかけ方」という点も重要な要素として加わってくるでしょう)。

「わたしの言葉」に確信を抱いており、それに大きな(そして「永続的な」)影響力を期待したい人は、「見せ方」に力を注がなければならない。そのように、改めて思うのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

いわば「距離感と影響力の関係」のようなこと(2)

コトバの持つ「影響力」の中には、一時的・瞬間的なものと永続的なものとがあるわけです。前者は、たとえば経済効果(一時的な景気回復など)のようなことには役立つと思います。しかし、私の関心はそちらのほうではなく、後者の面です。すなわち、宗教的・歴史的・社会的・文化的な永続性を持つ「影響力」です。

また、個人のレベルで取り組むことができるものに限って考えています。テレビやラジオや映画などのような数億、数十億、数百億といったお金をかけて営まれているマスメディアの話は、別世界の話です。

文筆活動というものを以上の意味での「永続的影響力」が高い順に並べていくとしたら、こんなふうになるのではないでしょうか。ただし、これはまだ何ら厳密な話ではなく、ただの思いつきです。

■ 個人レベルで取り組める文筆活動ランキング―「永続的影響力」が高い順―(案)

1.著作集(ハードカバー、ケース付)
2.文庫・新書(ソフトカバー付)
3.単行本(ハードカバー付、またはペーパーバック)
4.定期刊行物(雑誌、紀要、新聞など)で発表された文書(論文、随想など)
5.ブログ(画像やPDF版やMP3音声などを含めてよい)
6.メールマガジン
7.SNS(mixi等)
8.メーリングリスト
9.私家版の印刷物(コピー、リソグラフなど)
10.私信メール(手書きのハガキや手紙も含めてよい)

立場や見方によって異なる順位がありうると思います。しかし、いずれにせよ、このように並べるとほぼ明白に見えてくることは、(当たり前の話ですが!)この意味での「影響力」と上記の意味での「距離感」とはちょうど反比例の関係にあるようだ、ということです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

いわば「距離感と影響力の関係」のようなこと(1)

mixi(ミクシィ)というのを始めたのが昨年8月ですから、あと二ヶ月で丸一年も続けて来てしまった格好になります。関口康日記(ブログ)を始めたのは昨年1月ですから、こちらはまもなく一年半。メールは、「パソコン通信」(PC-VAN)を始めた1996年夏から数えると十三年。

ついでに言えば、メーリングリストの管理は「ファン・ルーラー研究会」を始めた1999年2月から数えれば、まもなく十年半。メールマガジンは「今週の説教メールマガジン」を発行し始めたのが2004年9月ですから今秋で五年になります。

最初は慣れないことや馴染めないことだらけでしたが、私なりの目標を定めて続けているうちに、これらを使うコツというか、ツボというか、落としどころというか、もっとはっきりいえば「ビジネスモデル」のようなことが、まだ何となくぼんやりとではありますが、少しずつ見えてきたような気がしています。もちろんすべてのことに当てはまることではありますが、体験してみなければ分からないことの典型的な一つがこれ(インターネット!)ではないかと思わされています。

最近とくに腹におさまるものが出てきたのは「距離感と影響力の関係」とでも言いうるようなことです。思いついてみれば、こんなこと誰でも分かる当たり前の話であると気づくのですが、実際に体験してみるまでは思いつきもしませんでした。

「距離感」というのは人間関係のことです。近く感じる人と遠く感じる人。相手のすべてとは言えなくても相手の多くを知ることができる関係と、知ることができない、または知る必要がない、あるいは知るべきではない関係。

「影響力」ということで言いたいのは、ある人が発するコトバが、主として肯定的(ポジティヴ)な意味での感化を及ぼし、共鳴を引き起こす力と、その範囲。ただし、私が考える「影響力」には永続性という点が含まれます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年5月29日 (金)

遊び人の発想(4)

私の仕事の性質からいえば、「完成品」についてはパソコン内に保存し続ける必要がありません。むしろ「未完成品」だからこそ、すなわち、微妙なニュアンスを常に追求するために毎日書き直したいからこそ、(一時的・瞬間的に)保存しておくだけです。

いわばその程度のもの(一時的・瞬間的なひらめき!)を、今回の「パソコンクラッシュ」によって失ってしまったことを、私は非常に残念に思っているのです。

これまで、それこそ後生大事にしてきたものは、パソコンを持っていなかった頃にはスーパーマーケットで受け取るレシートの裏側に走り書きしていたようなメモのたぐいです。ゴミといえばゴミです。それがパソコン内に移動しただけのことです。それを失うことは、かなり大げさにいえば一種の「記憶喪失」に近い。脳内に冷たい風が吹き、寂しさが漂っています。

しかし、それはまた、次の瞬間には忘れてしまうようなことでもある、と言えなくもない。「次の瞬間に忘れてしまうくらいのことには永続的な価値はなかったのだ」と、それらを失った今は、そう思うことにしています。

でも、こういうのって、実に「遊び人」の発想だよなあと、我ながら思います。会社勤めをしておられる方々には理解できないほど間抜けな話なのでしょう。自分で自分に呆れます。

十二、三年前から「下書き」のままの文章を毎日のように書き直し続けている人間が、このクソ忙しい時代の中で何人くらいいるでしょうか。「そういうのは私だけだ」と、そんな不遜なことは思いませんが、たぶん少ないだろうなあと想像しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

遊び人の発想(3)

失った5%の中身は何だったか。それは、説教や論文や翻訳などの「下書き」(未発表文書)です。それらのうちで「下書き以上、ペーパー化未満」のものの多くはブログ上にさらしてきましたので(つまりそれはデジタルデータが(ウェブ上にであれ)存在するということですので)、すべてセーフです。

しかし、未発表文書の中には、最近のものだけではなく、十二、三年前から「下書き」のままのものも含まれています。古くからの「下書き」の中にはペーパーとしてプリントアウトしてファイリングしてあるものも結構あるのですが、プリントアウトした後にもちょこちょこと(数行分とか数単語分とかの程度を繰り返し)書き直していますので、「最新版」は常にパソコン内にあるという状態になっています。

そのような微妙な書き直し(いわゆるマイナーチェンジというやつです)は、「あ!」とひらめくものがあるたびに行ってきたものですが、そのたびにバックアップ用の外付けハードディスクがブンブン回りはじめますとパソコン全体がフリーズしそうになったり、動きが遅くなります。私のパソコンは会社に備え付けられているような立派なものではなく、自費で買える程度の性能の低いものですから。そのため、ふだんはバックアップ用の外付けハードディスクは外しているのです。

「大切だと思っているのなら、なぜバックアップしていなかったのか」と詰問されると答えに窮するものがあるのですが、その理由は大体ここに書いたようなことです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

遊び人の発想(2)

前にも書きましたとおり、ノートパソコンに入っていたデータのほとんどは会議録とか名簿のようなものではありません。そのような教会関係のデータのほとんどは、それをプリントアウトして教会役員なり教会員なりに配布します。そして最終的には記録誌にして製本します。その時点でデジタルデータそのものは、役割を終えるのです。

それが時代遅れなのかどうかの判断は難しいものですが、教会の世界は依然として、なんらペーパーレス社会ではありません。ペーパーにしてなんぼの世界なのです。

もちろん、データファイルとしてパソコン内に保存しておくほうが便利だと思えるものもあります。毎年行っている行事などの場合は、前年に行ったことが「ひな型」になりますので、前年のデータファイルが残っていれば、ゼロから作り直す必要がなくなる。

しかし逆にいえば、それらのファイルは「ひな型」としての価値しかないものです。ゼロから作り直す必要がないので便利、というだけのことです。上記のとおり、データの内容は、プリントして配布し、さらに記録誌を作成した時点で役割を終えます。後生大事に保存しておく必要は何もありません。しかし、このたび復旧しえた95%のデータは、この部分です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

遊び人の発想(1)

パソコン関連については、ほぼ復旧いたしました。クラッシュしたノートパソコンがとてもお気に入りのものだったこともあり、壊れて(壊して)しばらくは脳内がフリーズしていた面があります。しかし、落ち着いてからいろいろ考えているうちに、ここにもあそこにもデータをバックアップしていたことを思い出し、それらを手繰り寄せていくうちに、ほぼ95%はデータを復旧できました。ありがたいことだと思っています。

ところで、「データのバックアップ」という問題については、この機会にいろいろ考えさせられました。「バックアップするのが当然。していない人間は愚か」という意見を聞くことができたからです。

しかし、私は、このような意見をこのたび何度となく聞かされるに及んで、なにかとても深い違和感にとらわれてしまったのです。それで考えさせられたのは、「この違和感の正体は何なのだろうか」ということです。

それで、やっと少し分かってきたのです。

ああ、牧師ってやっぱり基本が「遊び人」なのだと(私だけかもしれませんが)。

会社勤めをしておられる方々とは、パソコンの使い方が根本的に違うようだと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年5月25日 (月)

今年の「生誕祭」ベスト20

どなたが調べてくださったのかは分かりませんが、「2009年 記念 生誕」の検索語でgoogle検索してみると、興味深い順位で表示されることを知りました。われらがカルヴァン先生の大健闘を見よ!(ファン・ルーラー先生は昨年2008年が「生誕100年」でした)

○今年の「生誕祭」ベスト20(重複記事は除く、2009年5月25日現在)

第1位 「松本清張 生誕100年」(小説家、まつもとせいちょう)

第2位 「カルヴァン生誕500年」(拍手!パチパチ)

第3位 「スズキアルト生誕30年」(自動車)

第4位 「赤坂小梅 生誕100年」(民謡歌手、あかさかこうめ)

第5位 「ダーウィン生誕200年」(科学者)

第6位 「手塚 治 生誕80年」(漫画家、てづかおさむ)

第7位 「太宰 治 生誕100年」(小説家、だざいおさむ)

第8位 「加藤清正 生誕450年」(熊本大名、かとうきよまさ)

第9位 「ゲームボーイ生誕20年」(ゲーム機)

第10位 「吉澤儀造 生誕140年」(洋画家、よしざわぎぞう)

第11位 「小泉信三 生誕120年」(慶応義塾塾長、こいずみしんぞう)

第12位 「楊洲周延 生誕170年」(浮世絵師、ようしゅうちかのぶ)

第13位 「バート・バカラック生誕80年」(歌手)

第14位 「横山隆一 生誕100年」(漫画家、よこやまりゅういち)

第15位 「メンデルスゾーン生誕200年」(作曲家)

第16位 「向田邦子 生誕80年」(脚本家、むこうだくにこ)

第17位 「オリヴィエ・メシアン生誕100年」(作曲家)

第18位 「土門 拳 生誕100年」(写真家、どもんけん)

第19位 「リンカーン生誕200年」(政治家)

第20位 「伊藤真乗 生誕100年」(真如苑開祖の方だそうです。いとうしんじょう)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年5月24日 (日)

新体制発足

22日(金)に新しいパソコンを購入しました。熟考の末、ノートパソコンとデスクトップパソコンを同時に。

ノートは懲りずにVAIOです(ソニーさん、悪口言ってごめんなさい)。デスクトップはパソコンショップのオリジナル品です。価格は、両方合わせても、かつてのぞっとするほどと較べては、べらぼうなものではありません。良い時代になったものです。

ノートは教会の牧師室に(できるだけ持ち運ばないようにと思っています)、デスクトップは自宅(牧師館)に置くことにしました。

二台ともCORE2DUOになりました。OSはVISTAですがメモリ4ギガとなりましたので、動作の速さは私には申し分ありません。イライラが解消しました。データの再整理を急いでいるところです。

自作パソコンには後ろ髪引かれるものがありますが、じっくり取り組む時間がありません。パソコンクラッシュでもたもたしている間にもまさに次から次に仕事依頼が舞い込み、大渋滞状況でした。一刻の猶予もありませんでした。いろいろお待たせしてご迷惑をかけてしまった方々にお詫びしなければなりません。

また、自作パソコンには無くてメーカー品にあるもの、それは何といっても美しい外観です。VAIOのスタイルには圧倒され、魅了されるものがあります。「それはあなたの小児性の表われだ」と妻には言われますが、私はいまだに(現在43歳です)女性とパソコンに美しさを求めてしまいます(ごめんなさい)。

デスクトップのほうは「外見なんてどーでもいい、ストレスなく仕事してくれりゃーいい」という基準で選びましたが、なかなかどうして大したものです。

おそらくこれで、これから数年はパソコンのハード面で苦しむことはなさそうです。手を滑らせさえしなければ(がくっ!)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年5月22日 (金)

立て直し!

VAIOくんは亡くなりました。データどころか本体のハード面が致命傷を負っていました。死なせてしまった私の責任は重大です。なんだかかわいそうなことをしました。

データのうち主だったものは、教会のパソコンやわが家のいくつかのパソコンに分散されて保存されていますので、どのみち近日中に購入せざるをえない新しいパソコンにそれらを集めさえすればよいことは分かっています。しかし、ここ数日間から一ヶ月ほど以内の書き物(いずれも未完成・未公表)は、死んだVAIOの中にしかありませんでした。こういうのが痛い。

ハードディスクからのデータレスキューが全く不可能だった原因として思い当たるのは、床に落下した瞬間も電源が入っていてハードディスクが稼働中だったことです。もしあのとき回っていなかったら違う結果だったかもしれません。落下直後、ハードディスクだけを取り出して少し振ってみたところ、カラカラと嫌な音がしました。何かが外れたかディスクが割れたかしたようでした。

私のパソコンの使い方は別に特殊なものでも何でもなく、多くの人がしておられるに違いないように、自分にとって使いやすいようにいじっている部分がけっこうあります。とくに私の場合、神学の面でいちおう専攻としてきた分野が「組織神学」(システマティック・セオロジー)である関係もあって、システム(体系ないし系統)の問題をいつも考えているようなところがありまして、それがパソコンの使い方(フォルダの立て方や並べ方など)にもけっこう反映していたりします。

つまり、やや大げさに言い直せば、パソコンの中身を私の脳みその中身(思惟構造)に近づけようとしてきたところがあるということです。

実は、このあたりの工夫については、いつも自分の手元にあるパソコンだけに施していたことでした。したがって、パソコンを新しく購入して分散されたデータをかき集めて来ても、それで即、仕事のペースが元通りに戻るわけではなく、まさにシステムの立て直しが必要だということ。これも痛いです。

ちなみにこの文章を書いているのは、昨年12月のオランダ旅行のために「旅先で壊れてもかまわないもの」として購入を思い立ち、ヤフオクで一万円ほどで落札した古いXPノートパソコンです(celeronプロセッサ)。しかし、動作の鈍さたるや、それはそれは今となっては本当にひどいシロモノで、これでは仕事になりません。

でも、考えてみれば、こんなひどいものが数年前には「最新鋭のテクノロジー」とか騒がれ、企業現場の最前線で実際に使用されていたのかと思うと、今の我々が扱っている仕事の作業速度のほうが異常なのかもしれないと、ちょっとだけ疑ってみたくなりました。

ともかく、気落ちしている余裕は私にはありません。すべて立て直しです!

続きを読む "立て直し!"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年5月21日 (木)

ブログは「日記」ではありえない

本当にただ鈍い頭なだけなのですが、この「関口 康 日記」を始めて1年4ヶ月とちょっとになりますが、それくらい続けてきてやっと最近飲み込めてきたことは、このブログというのはどう考えても「日記」でありえないということです。

私が「日記」という字を見て思い浮かべるものは、本人死後にならなければ決して開陳されえない、まさに最高機密という名にふさわしい第一級文書資料です。

牧師の場合でいえば、「今日は○○氏と教会の牧師室で面談した。○○という内容であった」「今日は○○氏から電話があり、○○についての打ち合わせをした」「今日は○○教会の○○牧師の任職式があり、感謝会の席上で○○教会の○○長老が○○牧師について批判的なことを述べた。私はそれを聞いて○○と思った」というような記録集です。

もちろん「日記」は学術論文のようなものではありませんので、その中に記される内容に思い込みやうろ覚えなどに基づく事実誤認が散見されることは、ままあることだし、致し方ありません。

しかし、通常の場合、「日記」にウソを書くでしょうか。書かないのではないでしょうか。

他方、「ブログ」はどうでしょうか。逆の問い方をしてみましょう。「ブログ」に事実ないし真実を書くことができるでしょうか。書くことができないのではないでしょうか。

もちろん「日記」についての考え方にも、いろいろあるでしょう。人をだますときは、まずは自分の身内からだます。家族も知らないはずの場所に「日記」を隠しはしたが、万が一見られた場合のために「日記」にウソを書いておく。真実が記された文書は厳重に暗号化されて、第三者が持っている(?)。こんな感じのスパイごっこでもしたい人(または「せざるをえない人」)のことは知る由もありませんが、私はそんな面倒なことはできないし、やってられません。

しかし、ブログにまさか最高機密を書き連ねるバカはいないでしょう。そもそも、本人以外に「ブログの読者」なる存在がいることを前提に書くのがブログではないでしょうか。

もしこの私の定義が正しいとしたら、ここには「誰に知られても構わないようなこと」(情報としての価値はきわめて低いこと)しか書くことができません。あるいは、「多くの人に知ってもらいたいこと」(情報としての価値は高いと少なくとも本人は信じて疑わないようなこと)だけを書くことになります。

その場合、演技や誇張も(当然)混じる。いささかのウソやダマシや暗号(!)も含まれる。

そういうものは、私のカテゴリー表に従えば「日記」ではありません。うんと皮肉っぽく言えば「プロパガンダ」。もう少しオブラートに包んでギリギリ「私小説」かなあ。まあ「雑感」とか「随想」というに近いものでしょうけれど。

というわけで、そろそろ「関口 康 日記」というブログ名称を変えなければならないと考えているところです(これが「日記」であったことは一度もありませんから!)。

「関口 康 プロパガンダ」も自分としてはなかなかの名案だなと思うところもありますが、ただのサディスティックな嫌がらせと見られても仕方がないので自重します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年5月20日 (水)

贅沢な奇跡

今週5月18日(月)東関東中会・東部中会合同教師会(会場 日本キリスト改革派花見川キリスト教会)の開会礼拝での説教を、ブログ「今週の説教」にアップしました。牧師は牧師会でどのような説教をするのでしょうか。その一つのご参考になれば幸いです。説教のタイトルは「贅沢な奇跡」です。

ブログ「今週の説教」
http://sermon.reformed.jp/

ノートパソコンは依然入院中です。明日見舞いに行って様子をみてきます。退院までは代用パソコンを使わざるを得ませんが、不便極まりない毎日を過ごしております。よりによっていちばん性能の良いものが壊れてしまったので、代用品の動作の遅さや重さにストレスを募らせています。

自作パソコンのすすめ」を書きました。書いたことを後悔はしていませんが、別の角度から考え直してみているところです。

自作パソコンのいわば唯一の難点は、(まるで言葉遊びのようなことを申しますが)、「パソコンを自作しようと思い立つことができるほどの、またパソコンが壊れたときには自分で直そうと取り組むことができるほどの、《心の余裕》を確保できるかどうか」にあると言えます。

実は、その《心の余裕》が今ありません。それを確保できる見込みは(なんと光栄なことに)当分ありません。

「ブログを書くひまはあるようだがね」とけっこう胸をえぐられるようなコトを言われることもありますが、あまりむきになって反論せず、ニコニコ笑って受け流そうと心がけています(「ブログを書くほどのほんのわずかな《心の余裕》も失われてしまったら、その日にオレはたぶん死んでるし」と内心で思いながら)。

「やっぱりメーカー品を買うしかないのかな」と、半分以上あきらめかけています。

えーい、このイライラパソコンめ!(今これを書いているパソコンのこと―筆者注)

「水」が「ぶどう酒」に変わらないものかとニンニンと念じていますが、残念、私にはその力はありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年5月15日 (金)

自作パソコンのすすめ

パソコンが壊れて(<~を壊してみて)改めて思うことは、メーカー品のパソコンを使うのはもうやめた、ということです。

メーカー品のパソコンの「セコさ」については、何台かバラした経験があるので、ほぼ確信をもって言えます。とくに典型的にソニーのVAIOには、「素人に中身をいじくらせてなるものか」というたぐいの企業防衛思想が徹底している様子で、自分で直そうとする人間を妨害する仕掛けが至るところに散りばめられています。

より具体的に言えば、至るところで金属とプラスチックが絶妙に噛み合わせてあって、素人が中身を見ようとして蓋を開けようとしても、プラスチック部分を破壊しないかぎり侵入できないようになっています。つまり、自分で蓋を開けると、確実に「破損品」になる仕掛けです。

また、詳しくは分かりませんが、OSやアプリケーションなども自分ではいじくれないように、いろいろと仕掛けを潜ませているように感じられます。あるところ以上に進もうとすると「素人お断り」とシャットアウトされるようなところがあります。

そういうことが分かってきましたので、私はもう、これからは「自作パソコン」一筋で生きることにしようと思うに至りました。

パソコンにトラブルはつきものなのですから、トラブルが起きたときに自分で直せる仕組みを作っておかないかぎり、企業のボッタクリに遭うだけです。

今や、パソコンなんてプラモデルを作るのよりも簡単ですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

客観的に見ればガラクタ置き場なので

パソコンクラッシュの件で、バックアップをしていたのかとご心配くださった方が複数おられますので、追記の必要を感じました。

松戸小金原教会の公的文書類(週報、月報など)や中会関係のデータにつきましては教会のパソコンのほうに記録していますし、すでに終了した説教や講演などの原稿につきましては基本的にすべてブログにアップしてきましたので、このあたりのことは全く問題ありません。

つまり、このたびの自損事故によってたとえすべてのデータが消失したとしても、何らかの責任問題のようなことへと発展する可能性はゼロです。このあたりのことはご安心(?)ください。

私にとっての大問題は、まだ表に出していない、書きかけの原稿とか、日本語になりつつある訳稿のたぐいの行方です。

こういうのが私の場合、山ほどあります。たぶんそれは私だけの特殊事情ではなく、多くの牧師たちも似たような事情ではないでしょうか。

善く言えば、それを磨けばもしかしたら光り輝く宝石になるかもしれない(ならないかもしれない)原石を掘り出していく石切り場のような場所、それが私のノートパソコンです。

悪く言えば(というか事実をそのまま言えば)ガラクタ置き場であり、ゴミの山です。

ですから、一つの考え方からすれば、「消えたのではない。最初から無かったのだ」と思えば済むようなものでもあるわけです。

それは、言ってみれば、私の思索のプロセスを断片的に(しかし私なりに精密な検証をしながら)書き留めているだけのものですので、いずれにせよ私の死後には不要になるものです。

気楽といえば気楽。こんなに呑気なことを言っていてよいのだろうかと思わなくはありません。

ちなみにこの文章は長男のパソコンを借りて書いています。これは本体2万円とちょっとの費用で私が自作したデスクトップパソコンですが、性能はびっくりするほど優れています(「Intel Atom プロセッサを使用したMini-ITX機です」と書けば、分かる人には分かっていただけるでしょう)。

もしノートパソコン(VAIO)本体の修復が不可能と判明した場合は、同じようなのをもう一台、自作しようかと思っています。部品を揃えさえすれば、組み立てそのものは一時間足らずで終了します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年5月14日 (木)

ついに犠牲者(人ではないので同情無用)

要点を申せば、私のノートパソコンVAIOが、ill in bedです。

いびきかいてねています。というのはウソで、ぶっ壊れてしまいました(ぶっ壊してしまったのは私です)。昨日の朝のことです。

その前の夜に松戸小金原教会で行われた東関東中会伝道委員会のとき、手元にノートパソコンを置きました。

委員会終了時刻が午後9時半すぎ。遅い夕食をお腹におさめたのは午後11時半すぎ。布団にもぐったのがいつだったかは憶えていません。

これが悪かったのだと深く反省していることは、とにかくひどく疲れたので、ノートパソコンを伝道委員会終了後もそのまま置きっぱなしだったことです。

で、その翌朝(それが昨日の朝)、午前10時半からその同じ部屋で祈祷会が行われるため、前の夜から置きっぱなしだったそれを片付けようとしたとき、「あ!」と手からすべり落ち、約1メートル下の床に落下。フローリングのすぐ下はコンクリートという固い床に激突。鈍い音が聞こえました。

その瞬間は、まさにスローモーション。ノートパソコンは開いたまま、横向きに落ちていきました。それが置かれていた事務机をはさんで私が立っているのとは反対側のほうに落ちたので、机より下は私の視野の外。視界から消えていくとき、オカルトには全く興味がない私の前で、そいつのモニターに悲しそうな人の顔が現われ、私に「さようなら」と別れを告げた気がしました。私の顔が一瞬映ったのかもしれません。

その後は松本零士的な音がするは(いわゆるドテポキグシャというやつですね)、DVDのディスクドライブは「バキョッ!」と上向きに飛び出るは、モニターのフレームは歪んで外れるは、ネジ類のいくつかは飛び散るは、43年間の人生が走馬灯のように脳裏をかけめぐるは。

手を滑らしてしまった原因は分かっております。3週間くらい前から右の肩・腕・手首あたりに激痛があり、また右手の人差し指に強い痺れまであって、現在整形外科に通っており、毎日痛み止めの薬や筋弛緩剤などを大量に(医師に言われたとおりに)服用しております。その右手でパソコンを持ってしまいました。握る手にうまく力が入りませんでした。

本日修理に出したところ、最悪の場合、データレスキューもままならず、本体は廃棄となるかもしれないことが判明しました。私にとっては結構高い買い物だったので二年ローンで購入し、先月やっと払い終わってほっとした矢先の惨事。

データレスキューだけで3万5千円なり。結果の判明は来週の木曜日です。店員さんからは「全部取り出せるかどうかは分かりません。一つも取り出せなかった場合は3万円をお返しします。5千円はハードディスク調査費です」と言われましたが、「お金など返していただかなくて結構ですから、データを助けてください。汗と涙の結晶なんです!」と半泣き状態でお願いしました(半泣き状態はウソ。セリフはほぼ事実)。

この文章をしたためているパソコンは教会の執事室用のものを借用しています。パソコンそのものは、昨年12月のオランダ旅行のために「壊れてもいいようなもの」としてヤフオクで1万円で落札したものも持っていますが、あまりにも遅くて重いものですし、何よりデータが入っていない「空箱」です。空箱がいくらあっても、仕事という観点からいえば、何の役にも立ちません。

今夜もひとり、自分にむかって弱音ばかり吐いております。この文章を入力している最中も、人差し指の痺れがひどく、思うように打つことができません。

おい、人差し指くん、ちゃんと仕事してくださいな。このクソ忙しいときに痺れてんじゃねえよ。

パソコンは買い替えりゃ済むけど(高いけど)、キミはお金じゃ買えないんだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年5月11日 (月)

リフォームド / プロテスタント ウェブライブラリー

他に思いつきませんでしたので、かなり大げさな表現になってしまいました。実態を表しえているかどうかは不明です。私が管理している二つのウェブドメイン(reformed.jpとprotestant.jp)のもとにあるすべてのブログの「トップページ」を作りました。そのトップページに「リフォームド / プロテスタント ウェブライブラリー」(Reformed / Protestant Web Library)と命名しました。以下の四つのアドレス(URL)のいずれからでもアクセスできるように設定しました。表示内容は同じです。無料のブログサービスを利用していますので広告がついてしまいますが、さほど気にならない程度です。

http://reformed.jp/
http://www.reformed.jp/
http://protestant.jp/
http://www.protestant.jp/

ひそかに願っていることは、「リフォームド / プロテスタント ウェブライブラリー」のアドレス(URL)を「ホームページ」(※ブラウザを立ち上げたときに最初に表示されるページ)としてご利用いただけるようになることです。

私は長らく、プロバイダ会社のホームページを自分のブラウザの「ホームページ」にしてきましたが、それがだんだん嫌になってきました。読みたくも知りたくもないようなありとあらゆる情報がわんさか詰め込まれ、「読め!知れ!」と押しつけてくるからです。パソコンにスイッチを入れるときのほとんどは「さあこれから仕事だ」という場面なのですから、そういうときに、気が散って仕方がないような画面はなるべく見たくないものです。しかし、「自作トップページ」みたいなのが毎回立ち上がるのも何となく恥ずかしい(マニア的すぎるというか)。

パソコンにスイッチを入れてブラウザを立ち上げるとまず最初に開くページは、できるだけ公共性があって、なおかつ心の落ち着くものが良い。そのような思いを込めて作った「リフォームド / プロテスタント ウェブライブラリー」です。

「このページをホームページにする」ためには(Internet Explorer 8の場合):

コマンドバーの「ツール(O)」→「インターネットオプション(O)」→「全般」タブの「ホームページ」の空白に上記四つのアドレスのいずれかを記入する→「OK」ボタンを押す。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年5月 9日 (土)

もちろんそれは容易なことではありえない

しかし、私は決してそれを容易なことと考えているわけではありません。

今に始まったことではないと思いますが、43年ほど生きてきた者がこの国に見てきた比較的新しい動きは、「どんなものであれ一つの『キャラ』(キャラクター)としてとりあえず受け入れ、殺しもしないが生かしもしないで泳がせ、ギャグかお笑いのネタでありうるかぎりにおいて限定つきの役割を果たさせ、稼げなくなった時点で表舞台から引きおろし、市井に戻す」というような《政策》でしょう。「デブキャラ」然り、「大食いキャラ」然り、「毛薄キャラ」然りです。

キリスト者に対する表立った弾圧のようなものは、もはや無いかもしれない。しかし我々はいわば「クリ(クリスチャン)キャラ」扱いです。私などはさしずめ「牧師キャラ」扱いでしょうか。

あるいは、たとえばもしファン・ルーラーの本が本格的に日本で出版される日が来ても、当面は「いろものキャラ」扱いでしょう。「喜びの神学」とか言っているかぎりにおいては、ある程度面白がってくれる。しかしファン・ルーラーその人は「いろもの」扱いなどで済ませられるような存在ではありません。歴史的過去と同時代の世界的巨匠たちを相手に、実に堂々と闘い抜いた人なのです。そのあたりの事情と迫力を我々が日本の社会と教会にどのように伝えるべきかも、悩みどころです。

もちろん!新規チャレンジャーが最初から十分かつ正当な評価を受けられると望んではならないことは分かっているつもりです。たとえサブカル扱いされようと、独自キャラ扱いされようと、全く無視されたり抹殺されたりするよりはまし、という《政治的》判断もありうると思います。

しかし、忸怩たる思いというか、我慢比べというか、どうにも表現しがたい疲労感があることは否定できません。まさに気力との戦い、自分との戦いです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年5月 8日 (金)

どうしたら道は開けるか(7)

当時の感覚を言葉にしていえば(どう表現しても誤解を避けることはできそうもありませんが)、次のような感じになります。

「私が信じていることを学校の教師や友人の前で口に出しても絶対に理解してもらえないことは、分かっている。けんかと暴力は大嫌いだし、トラブルに巻き込まれたくないから、黙っていよう。それに、私が教会に通っているということを口にしたばかりに、『なんだ。アーメン、ソーメン、冷ソーメンかよ』とか相手に言わせてしまうのは、そういうことを言っているその人々に神を冒涜させてしまうことになるので、かわいそうだ。しかし私の神が私を応援してくれている。私自身は少しも揺らぐこともぶれることもない。とはいえ、こちらとしては、いつまでも黙っているのも不本意だ。私の心の声、『キリスト者の声』(vox christiani)をどうしたら公の場で自由に述べることができるようになるのか。それを知りたい。」

私が「どうしたら道は開けるか」だ「ブレイクスルー」だ言っていることのすべては今書きとめたばかりの少年時代に抱いた問いの答えの求め方は何なのかにかかっているということに、気づかされます。一般化していえば「信教の自由の要求」です。要するに私は、ほとんど40年前から、同じ一つの問いの前でうろついたままなのだということです。

ここで本当は「愕然と」すべき場面かもしれませんが(おまえの精神年齢は低すぎるという事実を突き付けられたわけですから)、わりと「平然と」しています。事の真相からいえば、たとえばもしこの私が「マイノリティ」でない者になり、良い意味でメジャー化(?)する日には、古い日本はもはや形を失い、ほとんど「革命的」と言いうるほどの変容を遂げているはずです。

なぜなら、私自身は揺らぐこともぶれることもありませんから。

私は動きはしません。もし動くとしたら、この国のほうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

どうしたら道は開けるか(6)

たしか5歳のときです(1970年!)。私の目の前を聖餐のパンと杯が通過していく。まるで逃げていくとんぼを追いかけるかのような目でそれを見た日のことを、今でもまざまざと思い起こすことができます。「おい、こら、おれを無視するな!おれは毎週教会に通っているのだし、この聖書の神を信じることはやぶさかではないと思っている。そのおれに、この集団のメンバーである以外の何でありうると言わせたいのか」という感覚を抱きました。

もちろん当時はまだこのような説明表現を用いることができませんでしたが、とにかく非常にむかっ腹が立ちました(あの小さなパンそれ自体が欲しかったわけではありません)。そして居ても立ってもいられなくなって牧師のところに行き、もしかしたら相当強い抗議めいた口調で(内心の意図は間違いなく「抗議」でした)「洗礼というのを受けさせてください」と申し出、小学校入学前のクリスマス(1971年12月26日)に洗礼を受けました。

しかし、言うまでもないことですが、当時の私に「キリスト教が何であるか」を十分な意味で理解できるはずはない。実感としては、この私は「教会」なるもののメンバーであるということだけであって、それ以上でもそれ以下でもありませんでした。自分の所属する「教会」とは何なのかを言葉で説明することはできません。しかし、「教会」とは何なのかということは、感覚的実体としてははっきり分かっていました。ラテン語表現で言い直せば、教会の壁(muros ecclesiae)の「外」(extra)と「内」(intra)の違いが肌感覚のレベルで分かる。しかし、このようなことは別に、私の特殊能力のようなものではありえず、この国でキリスト者の家庭に生まれ育った人々の多くが知っている感覚なのだと思います。

しかし、です。少年時代の私がまさに肌感覚レベルで理解していたことは、「教会」はこの国の中で「マイノリティ」であるということでした。そして「教会」は、その中にいるかぎりにおいてはとても居心地の良い場所でした。良い意味での矜持をもつことができました。教会の「人間関係」に居心地の良さを感じたことはありませんでした(たぶん一度も)。牧師の説教は、むしろ居たたまれない気持ちにさせられるものでした(説明省略)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

どうしたら道は開けるか(5)

「どうしたら道は開けるか」と書いてきましたが、自分の中ではだんだん馬鹿らしくなってきたところもあって困っています。「道は開いていない」などとは実は少しも感じていないもう一人の私がいたりしますし、ブレイクスルーの手段はインターネットであるなどと実は全く思っていない私がいたりする。

私が受けたと自称する「底値教育」は(もちろんこの表現は100%冗談ですが)事実ですし、「教団離脱者」であることも「普通の牧師」であることも事実です。しかしそのすべては間違いなく自分の強い意思で選んだものでした。これまでの自分を振り返ってみて改めて気づかされることは、私が歩んできた道のすべては誰かに決めてもらったものではないと言えるということです。

しかしそうは言いましても、自分では決めることができない要素も、人生には当然あります。たとえば、「1965年に生まれたこと」などは典型的なそれです(この文脈では「昭和40年」と言いたい)。

戦後20年。日本の歴史の中の「古いもの」と「新しいもの」が渾然としていた時代でした(自宅の前の道に初めてアスファルトがひかれたときのことを記憶しています)。その中で「古い日本」にとってはまさしく《対極》の位置に立つ空間・時間・思想・行動をもつ集団の中にどうやらこの私は所属しているらしいと、もちろんそのような説明表現を用いてではありませんでしたが、感づいたのは、まだ幼い頃のことでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年5月 5日 (火)

どうしたら道が開けるか(4)

さて、ひどくネガティヴなことを書き連ねて来ましたが、私自身は絶望しているわけではないということも書いておきます。ブレイクスルーの鍵は、やはりインターネットではないでしょうか。つい最近、茂木健一郎氏の「ブログ論」みたいなのを読み、ちょっとした興奮を覚えました。

ここ(↓)で読めます。

前編 http://celeb.cocolog-nifty.com/interview/2007/03/post_4ad8.html

後編 http://celeb.cocolog-nifty.com/interview/2007/03/post_c73c.html

これを読むまで知らずにいたために吃驚仰天したことは、「え?茂木氏ほどの人がブログなんてやってたの?」ということでした。この驚きの意味はお察しのとおり、この方、語ったり書いたりする言葉のすべてが有料化しうるほどの有名人であるのに、無料で読める文章を公開しちゃったりしてたんだー(へえ)ということです。

なかでも、「そーそー」と肯きながら読んだ茂木氏の言葉は、「そんなに甘いもんじゃないですよ、ブログというものは」 とか「読者を獲得するプロセスというものは、すごく長い時間がかかるわけです」というあたり。

私の当面の(「当面の」です)目標は、要するに、どうしたら日本語版『ファン・ルーラー著作集』を出版できるかです。

(1)そのために、まずは「ファン・ルーラー」の名前を売ること。すなわち、「んな人、知らん」と言わせないほど、ファン・ルーラーを日本の中で有名人にすること。

(2)それと同時に、「ファン・ルーラーの訳者」として立候補してきた「関口 康」を信頼していただくこと。すなわち、「底値教育」を受けてきた「教団離脱者」でもある「普通の牧師」の私のしている仕事に対して「こいつの訳なら金を払ってやってもいいかな」と思ってもらえるようになること。

以上の二点を達成するためにブログが役に立つのではないかと、私は茂木氏のブログ論を読む前から考えてきました。そして、この方の文章を読んで、我が意を得たりと満足感を味わっているところです。

ただし、ここで問題が二つ。第一は、現在の日本のキリスト教出版社が茂木氏のような発想を受け入れてくださるかどうかです。第二は、私がブログにこれまで書いてきたことは「信頼を得ること」にとっては逆効果なことばかりだったかもしれないよーということです。

今の私が考えはじめていることは、まず最初にブログ版『ファン・ルーラー著作集』(もちろん無料公開)を仕上げ、それを多くの方々に「立ち読み」していただいた後、それを本にして有料で売るという、いわゆる「ブログ本」の方式です。しかし、このやり方が神学書に通用するものかどうかは全く未知数です。

それでも、たしか渡辺信夫先生の『プロテスタント教理史』(キリスト新聞社、2006年)は、ブログではなかったはずですがどこかの教会のホームページで公開されていた文章をまとめたものだと聞いたことがあります。

つまり、前例はあるということです。しかし冒険的要素が強いやり方であることは認めます。渡辺信夫先生との決定的な違いは、「ファン・ルーラー」は(そしてもちろん「関口 康」も)日本では依然として「だれそれ?」な存在である、ということにあるのですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年5月 4日 (月)

どうしたら道は開けるか(3)

しかし、私が抱いているこのポリシーには悪い面もあるということに、繰り返し気づかされてもきました。悪い面とは何でしょうか。それは、私がこのポリシーを保持し続けているかぎり、「牧師職はあくまでも牧師職なのであって、それ自体に固有の職務があるのであって、牧師職自体が研究職ではないし、また牧師職自体が教育職でもない」という見方を自分自身では払拭することができないということです。

私の経験から言わせていただけば、この見方こそが実はかなりのクセモノなのであって、わたしたちを相当悩ませてきたものでもあります。今は詳述するのを控えますが、これこそが「牧師の神学研究」を著しく阻害してきた要因であると断言できます。

別の表現でいろいろと言い換えてみれば、事柄のグロテスクさをよく分かっていただけるはずです。

「牧師職」を「研究職」からも「教育職」からも切り離して扱おうとすることは、「神学を営むこと(doing Theology)をもって生計を立ててもよい権限もしくは資格を有する者は、神学部・神学大学・神学校の教授職に就いている『神学博士』(Theological Doctor)ないしそれに準じる者に限ります」と言っているのと同じです。

「神学校から遠い地域の教会に仕えている、神学校で教える可能性のない(普通の)牧師たちは、今さら神学など学んでも無意味なのだから、そんな無駄でつまらないことを続けるのはおやめなさい」と言っているのと同じです。

当然のことながら、そのように語る人々の心のなかに思い描かれているイメージは、神学部・神学大学・神学校の教授ポストを中心とする“同心円”です。その円の中心(場所および人物)に物理的・距離的に近い教会のメンバーシップを取得することないしその牧師になることが、スゴロクで言うところの「アガリ」。「それ以外の(一般の?)教会員と(一般の?)牧師たちには、残念ながら“神学権”は認められておりません。どうぞお引き取りください」と言っているのと同じです。

「権限も資格もないのに強引に続けたいなら、どうぞご勝手に。ただし、マニア的趣味(「無資格者が営む神学」を指す揶揄)に熱中するのも程々にしてくださいね。それはあなたの現実逃避ですから」と言っているのと同じです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

どうしたら道は開けるか(2)

教育と研究の関係を「収入と支出の関係」という観点から見る。これはもちろん、かなり強めの皮肉を込めて書いていることです。この見方が事柄のすべてを物語りえているとも思っていません。

しかし、この観点から言うならば、「研究をサボっている教育者」は支出が少ない分だけ残金が多いわけですから、比較的余裕のある生活をしている可能性があります。逆に「教育職に就くことができない(就職先が見つからない)研究者」はゼロサム(プラマイゼロ)ないし借金生活でしょう。これはおそらく厳粛な事実です。

ここで起こるひとつの問題は、「牧師は教育職なのか」という点です。おそらく多くの人々は「教育職と見てもよさそうな面もあるかもしれませんが、たぶんそれだけではないでしょうね」というような、曖昧だけれど実態に即した答え方をするでしょう。「そもそも牧師は職業の名に値するのか」という問いさえ、日本では繰り返し投げかけられてきたわけでして。田舎の教会で「神学の研究と教育」とか言われてもねえと、あからさまな顰蹙(ひんしゅく)の目を見、つぶやきの声を聞いたこともたびたびあります(しかし、私自身が田舎の教会で「神学の研究と教育」の重要性を主張したわけではありません。間接的に“釘を刺された”のです)。

私が24歳と5ヶ月で伝道の仕事に就いて以来抱いてきたポリシーのようなものは、「牧師は教会の献金のみで生きるべきだ」ということでした。このポリシーが間違っていると言われるならそれまでのことですし、生活に窮する場面は多々ありました(苦しい状態であることは今も全く変わっていません)。しかし、「教会の献金だけで生きる」とは、教会の存在理由である「伝道」の仕事に百パーセント専念できるということですので、私の「自由」が百パーセント確保されている状態であるということです。いわゆる「ひもつき」のお金に振り回されたり悩まされたりせずに済んだことだけは幸いでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

どうしたら道は開けるか(1)

「教育の場は自分の研究のはけ口」は確かにダメな発想ですね。学生たちが迷惑します。

ただ、今ふと考えさせられたことは、うんと世知辛くなりますが、教育と研究の関係は、その教育者≒研究者の「生計」という観点からみれば、収入と支出の関係のようなものではないだろうかということだったりもします。

今の世の中、研究だけで「食える」という人は、(スーパーエリートのような人のことは知る由もありませんが)ほぼ皆無でしょう。それどころか、ほとんどすべてが私費持ち出しです。

しかし、教育者には(多寡はともかく)支払いがあるでしょう。

教育職に就かないで研究を続けることの限界はお金です。ここですべてが足止めされます。ファン・ルーラー研究会の10年間の悩みも、結局「お金の問題」に集約されるものでした。

これを、これを、ブレイクスルーしなければ。

今の心境は、ほとんどマテリアリストです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »