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2009年4月

2009年4月30日 (木)

カルヴァン、ゲットだぜ!

今年(2009年)は、宗教改革者ジャン・カルヴァンの生誕500年。日本でも各地で記念行事が行われています。

パーフェクトではありませんが国内と海外で今年行われる記念行事をほぼ一覧できる「カルヴァン生誕500年(2009年)関連行事カレンダー」を私が作成しましたので、これを見て「どれに参加しようかな?」と選んでいただけるとうれしいです。

すでに終了したものもありますが、まだまだたくさん残っていますので、すべての集会が多くの人で満たされますよう期待しています。

ちなみに私は、子どもたちに大人気の「ポケモン スタンプラリー」を真似て「カルヴァン スタンプラリー」を企画しませんかと一応提案してみたのですけどね。全国共通の「カルヴァンスタンプ」を作って全国の集会に設置していただき、「カルヴァンスタンプ帳」にたくさんスタンプを集めた人に「カルヴァンマスター認定証」を出しましょうと。

冗談だと思われたらしく即座に却下されましたが。ナニ、こちらは大真面目だったのですけどね。

ともかく今年を機に、日本におけるカルヴァン研究が盛んになっていくことを願っています。

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2009年4月24日 (金)

留学が人を学者にするのではない(7)

またもう一つ、別の動機もありました。やはりファン・ルーラー研究会を始めてからのことですが、お金も信頼もない人間(「離脱者」ですから)が何とかして新しい関係を作っていくために用いたのがインターネットでした。ラッキーだったのは、私がでっち上げた研究会のホームページをアメリカのファン・ルーラー研究者、ポール・フリーズ先生(当時ニューブランズウィック神学校教授)が見つけてくださり、フリーズ先生のほうからメールをくださったことでした。

そうか、そういう手段があったかと驚き、それ以後は私のほうから、それこそデタラメな英文でメールをしたためては、海外の神学者たちに送るようになりました。最も返事が早いのはオランダの先生たちでした。ファン・ルーラーというキーワードに反応してくださったからでもあるでしょうけれども、それ以上にオランダの人々のサーヴィス精神のようなものを感じました。南アフリカやドイツの人もわりと早かったです。返事が遅かった、あるいは返事がかえってこなかったのは、アメリカの人でした。ほとんど全く返事がかえってこなかったのは、(一部を除く)日本の教授たちでした。

それでもやはり、そのようなメールのやりとりをさせていただきながら次第に感じはじめたことは、「ああ、このメールの署名欄にTh. D. なりPh. D.なり書くことができたら話はもっとスムーズに進むかもしれないのに」という苛立ちや焦りでした。話がスムーズに進まない原因がそれかどうかは不明なのですが。

また、そのような人(博士なる人)は一つのグループのなかにとりあえず一人いれば対外的信頼度は飛躍的に向上するだろうのに、とも思いました。その役回りの人間は私であるという確信は終始持つことができませんでしたが(敗戦の辞です)、その一人が我々の中にいないばかりに、あの「神学博士」と「大手出版社」の最強タッグチームの前に手をこまねいているしかないのだという無念さの中で、「その役回りは私ではありえない」という点を完全には打ち消さないでおきました。そのあたりに私のイロケのようなものを看取してうんざりなさった方も多いだろうと思っています。

ということです。私が一時期思い詰めた「神学博士号」は、就職のためではないし、権勢を張りたいというような野望からのものでもありませんでした(私がそういう野心家ではないということは身近な人々はみんな知っています)。そのようなことではなく、強いて言うなら、ファン・ルーラーの意図をできるだけ正しく伝えようとしている人間であるということを、どうしたら信頼してもらえるのかということのための「根拠」を得たかった。ただそれだけでした。

おそらく一般的に言いうるのではないかと思うことは、「博士な人」は「博士未満の人」の著訳書や論文をあまり信用しないだろうし、真面目には読まないだろうということです。違うでしょうか。

また、同じ著者が書いた本を複数の訳者が出版している場合、そして一方の訳者は「神学博士」であり、他方の訳者は無冠の貧者である場合、それを書店で手にとって選ぶ人々はどちらを選ぶだろうかと考えてみるとき、一般的には答えは明白なのだと思われます。

私自身は「留学していない人々を励ますこと」もしなければなりませんし、「いま留学している人々を励ますこと」もしなければなりません。いま留学している先生たちには、ぜひとも神学博士号を取得してきていただきたい。取れるまで帰ってくるな、と言いたいです。しかしそれは何のためなのかということを忘れないでいただきたい。そのように願っています。

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留学が人を学者にするのではない(6)

しかしです。私はこの話をここで終わらせてはならないと思っています。これから正反対のことを言わなければならない。「ああ、まただ。これがあるからコイツの話は信用できないんだよ」と思われても仕方がないようなことを。

1999年2月にファン・ルーラー研究会をインターネット上に立ち上げてからしばらくの間とにかく苦慮したのは、「ファン・ルーラー?そんなの聞いたこともない。お前のごとき無力な人間に、そのようなことに時間と労力を注ぎ込む権限と資格がどこにあるのか」というあからさまな批判や無言の圧力に対してどのように弁解するのかということでした。

そのことに苦慮し、打開の道を求めていた矢先、翌年(2000年)の終わりごろ、K文館からK先生(神学博士)とA牧師(当時ドイツ在住)の共訳でファン・リューラー『キリスト者は何を信じているのか 昨日・今日・明日の使徒信条』が出版されました。訳者御自身もあとがきで明記しておられるように、ドイツ語版からの重訳でした。重訳であることは、それが出版されるよりもかなり前の時点から、訳者自身から知らされていました。

重訳であること自体は、何が何でも絶対的に拒否されなければならないほどのこととは思いませんでした。しかし、実際に出版されたものを手に取って数ページをぱらぱらと見た瞬間、ひどく異質なものを感じました。

「これはファン・ルーラーの文章ではない」とすぐに分かりました。そして、当時すでに入手済みであった本書のオランダ語原著を開いて見比べたところ、その違いはあまりにも歴然としていました。やや大げさにいえば、戦慄を覚えたほどでした。ドイツ語版訳者による「敷衍」や「拡張」があまりにも多すぎて、オリジナル版の意図を著しく損ねている、似ても似つかぬものであることを、あとで確認しました。

日本語版が出版されるよりもかなり前の時点で、オランダ語原著のコピーを私が訳者にプレゼントしたことを、訳者自身があとがきで紹介してくださっています。それを訳者にプレゼントした意図は、すでに無理とは分かっていましたが、重訳版は出版を見合わせて、オランダ語版から訳しなおしていただけないだろうか、という我々の気持ちを伝えることでした。しかし、無視されました。

そして数年後、何人かの知人があの訳書の感想を知らせてくださったとき、その方々の語る言葉や書く文面の中に「あの本は面白かった」とか「ファン・リューラー研究の日本における第一人者K先生」という表現を見いだすに至って、「神学博士」なる存在の脅威を改めて知らされました。

やはり、そうか、K博士がK文館から本を出せば、その内容を疑おうだなんて人はいないんだと。我々のような無冠の貧者たちが恥を忍びつつ苦労して“蘭学事始”にいそしんでいることは、「神学博士」と「大手出版社」のタッグチームの前に雲散霧消するほかはないのかと。ほとんど愕然とする思いを抱きました。

そこからでしたね、私が「神学博士号」なるものをとれるものならとってみたいと猛勉強を始めたのは。

ただし、動機は不純なものでした。「あの“ファン・リューラー”はファン・ルーラーとは別人だ」ということを、何とかして分かってもらいたかった。「大手出版社」から出た「神学博士」の訳書だから間違いないと人々が思うのなら、その訳書に「否!」を申し立てるためには、批判者自身が「神学博士」にならざるをえないではないかという実に馬鹿げた三段論法に基づく妄想であったことを、懺悔と共に告白しておきます。

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留学が人を学者にするのではない(5)

前にも書いたかもしれませんが、私が自分の「学歴」をネット上に公開している意図は、どう間違えても「学歴自慢」などではありえず、むしろ逆。 そのようなこととはちょうど正反対の何かです。

お世話になった学校に対しては失礼な言葉として響くかもしれませんが、私が受けたそれは「究極の安上がり教育」であったということに尽きます。「底値教育」と呼んでみたいほどです。

略歴です
http://ysekiguchi.reformed.jp/profile.html

ほとんどすべてを税金と献金(奨学金)、要するに他人のお金で勉強させていただきました。たぶん私は親孝行息子なのです(違うか)。 そういえば、私の名前はヤスシでした。ヤスイんです、とにかく。

その後の人生(牧師生活)も、いわば他人のお金で生かしていただいたようなものです。また、私の書き物のプレゼンの場は、今のところもっぱらネット。これの意図も「いかにお金をかけずに」効率的に広く伝えるかに尽きます。

そして、お金は本になりました。外国語の本ばかり。傍から見れば(この言葉、三回目です)ただの紙くずの山。でも、ある狭い範囲に関しては海外に探しに行かなくても大丈夫なほどの資料が揃ったぞと思っています。

自分では分かりませんが、もしかしたら(もしかしたら、です)、現在その只中にある世界不況のなかで、私がたどってきた「底値人生」の例が、「私は絶望のどん底にいる」と感じておられる方々にとっての、救いとまでは申しませんが慰めというかナグサミというかになるかもしれない(ならないかもしれない)と、ほんのちょっとだけ思っています。

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留学が人を学者にするのではない(4)

もうちょっとだけ書き足しておきます。前記した五校(東京神学大学、関西学院大学、同志社大学、立教大学、西南学院大学)で現在「組織神学」を担当しておられる教授は、私の数え方では合計10名です(10名「も」おられるというべきか10名「しか」おられないというべきかはともかく)。

現在、その全員が海外留学経験者です。そして、この方々のもとでならば「博士(神学)」の学位を取得することが可能であるということでもあります。

しかし、です。この10名の、あるいは、“10のポスト”の中にいない人はだれも日本における「組織神学者」ではありえないという話になるでしょうか。「んなこたあない」と多くの人が反発するでしょう。

それはたしかに、たとえば教派立の(または「宗教法人の」)神学校の教授たちのもとでは「博士(神学)」を取得することができませんが、だからといってその教授たちが「組織神学者」ではないと言われることは通常ありえません。

それでは日本における「組織神学者」とは何でしょうか。我々はそれをどのように定義すべきでしょうか。

おそらくそこに何らかの条件が設けられて然るべきでしょうけれども、その「条件」とは何でしょうか。著訳書や論文の本数でしょうか。もちろんおそらくそれこそが最も重要な要素ではあると思われますが、どれくらいあれば「組織神学者」なのでしょうか。博士論文を書いていない人は、そう呼ばれる人ではありえないのでしょうか。

百歩譲って、もしかしたらそうなのかもしれないということを受け入れるとしても、現在の上記10名の「組織神学教授」によってはカバーしきれていない領野があることはおそらく否定できないでしょう。

私の知るかぎりその方々の中に、たとえばアブラハム・カイパーやヘルマン・バーフィンクやファン・ルーラーの神学を(オランダ語テキストに基づいて)専門的に研究なさった方はおられません。そのあたりに至っては日本国内にとどまったままでの研究続行には限界があると言わざるをえず、その限界に突き当たったときに初めて「海外に行かざるをえない」と悟る学生が現れるという話であれば、よく分かるものであり、自然すぎる成り行きでもあるでしょう。

そして、その意味では「留学しなければ真の専門家(という意味での「学者」)になることはできない」という言い方にもある種の妥当性が発生するということはありえます。

しかしまた、逆の見方をすれば、日本国内でそのような悟りを開くに至って海外に飛び出していく学生たちは、日本国内においてすでにほとんど「神学者」と呼ぶに値するほどまでに学びを深めてきた人々でもあるはずです。「留学が人を学者にする」のではなく、「真の学者が留学せざるをえなくなる」のです。その順序は決して逆ではないと私には思われるのです。

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留学が人を学者にするのではない(3)

私の関心から言わせていただけば、プロテスタント系で組織神学専攻で「博士(神学)」の学位を出すことができる日本の大学は私の知るかぎり東京神学大学、関西学院大学、同志社大学、立教大学、西南学院大学しかありません(他にもありましたら教えてください)。

しかも、それぞれの学府には異なる伝統がありますので、以上五校よりもさらに別の伝統に立つ人々で神学博士号を得ることが「就職上」必要であるという人々は海外に行くしかないということは、ある意味で同情に値することでもあります。

しかし「就職上」そのような学位取得という手続きがどうしても必要であるという人々、つまり「大学教員になる人々」はともかく、自分の実力アップという観点からいえば「海外留学」よりも「国内留学」のほうが、つまり、日本語で教えていただける良い教師から学ぶことのほうが、まさにドラスティックな成長を期待できると私は信じています。

私がそうでした。東京神学大学・大学院での6年間の後、日本基督教団で7年牧師をして、1年3ヶ月神戸改革派神学校で学びました。神戸での1年3ヶ月で私は「人生が変わった」と思えるほどの変化を体験しました。それまではほとんどすべてが「断片」に過ぎなかった知識が「改革派教義学」という(あのゴシック式教会堂のような)巨大な一個の建造物として組み上げられていくことに感動し、涙しました。

しかし、それはただ単なる「合理的体系化」というようなこととは違います。ゴシック式教会堂のどこが「合理的」でしょうか。あんなゴツゴツしたものが。現代のスマートな人々からすればドラキュラ屋敷くらいにしか見えないようなものが。

「改革派教義学」もたぶん傍目に見ればドラキュラ屋敷さながらでしょう。神戸改革派神学校はハリー・ポッターのホグワーツ魔法魔術学校か。傍目には、まあそんなものでしょう。いずれにせよ「合理的」という形容詞には程遠い何かであることは、ほぼ確実です。

しかしまさにゴシックです。見事なまでの芸術的な建造物、それが私にとっての「改革派教義学」でした。しかもそのひととおりをすべて日本語で学ぶことができたのが幸いでした。私の頭と心の中でゴミのように散らかっていた知識が整理整頓されて、利用可能な研究室になった。これが私の「国内留学」の最大の成果でした。

そのようなことが「海外留学」で可能でしょうか。3年や5年で。にわか仕込みの語学で。

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2009年4月23日 (木)

留学が人を学者にするのではない(2)

前の拙文は「私は留学したことがないゆえに神学者ではありえない」と強く言い張る方に対して昨日書き送った“反論”を(ブログ公開用に編集して)コピペしたものです。

その“反論”を、留学経験者が書いてもたぶん説得力はないので、留学したことのない私が言い張ってみせたというところです。私の意図は、留学したことがない人を「励ますこと」だけであって、留学経験者の名誉を棄損する意図は皆無です。

日本人が日本人として神学に取り組む意義は何でしょうか。日本人からカルヴァンやバルトについて教えてもらいたいと思う外国人はいないでしょう。私が取り組んできたことが「研究」と呼べるレベルに達していないことは、自分自身が最もよく分かっております。しかしファン・ルーラーの神学が最終的に(あのティリッヒに共通する)「生きる勇気」(Courage to be)を訴えるものであることを教義学的に解明することを通して、一種の「(改革派的)自殺防止の神学」を考えてきたというあたりが真相です。

『讃美歌』(1954年版)などに「いつわりのよにわかれをつげ」ることを奨励する歌が多く見られることは、周知のとおり。問題は「よ」に「わかれをつげ」た我々はどこに行くのかです。

「神を喜ぶこと」(fruitio Dei)については、アウグスティヌスもカルヴァンも(そしてもちろんウェストミンスターも)語る。しかし「世」(mundum)については「用いる(uti)だけにとどめよ」とアウグスティヌスは語り、「軽んじよ」とカルヴァンは語る。「世を楽しむこと」(fruitio mundo)や「この私を楽しむこと」(fruitio sui)などは、もってのほか、ご法度とみなされます。

この「アウグスティヌス=カルヴァン伝統」は極論すれば「死んだほうがまし」を帰結する危険思想に転じかねませんし、「人生は煩悩地獄。死ねばみな極楽浄土」と諭す日本の一般的宗教観念に“馴染み”こそすれ何ら脅威を与えるものにはなりえません。

ファン・ルーラーはどうかと言いますと、明確に「アウグスティヌス=カルヴァン伝統」に立った上で、なお「世に生きよ」と強く語る。「わかれをつげるな」と語るのです。

これ、使えませんか?

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留学が人を学者にするのではない(1)

我々が神学生時代に教えられたことは、ヨーロッパで神学者になるような人々は、中高生の頃には少なくとも古典語(ギリシャ語、ラテン語)と古典文学の教養を身につけ、それを前提にして高等教育を受けた人々であり、我々日本人とはスタートの時点で「雲泥の差」がついている、というようなことでした。そのことを私も、今から10年くらい前までは疑う余地のないこととして信じていましたし、最近までそうでした。

しかし、その事態は10年で激変したと、今の私は判断するに至っています。昔学んだことに基づいて書いたり語ったりして来たことを撤回せざるをえない状況に追い込まれているとさえ感じています。

激変の立役者は、もちろんインターネットです。文字という媒体で存在する情報ならば、かなり精密なものまで、ほとんど無料で瞬時に獲得できるようになってきました。「外国に行ったことがない」、「留学したことがない」、「勉強なんてしている暇がないほど忙しい(そんなに何が忙しいの?)」、「お金がない」という言い訳が通用しなくなってきました。知らないのは知る気がないからである。一瞬で分かることを調べようとしないのは怠慢であると言われるようになりました。

逆に言えば、金に飽かして留学し、堂々たる学位記を手にして帰国した人々の書いたものや語る言葉が、ひたすらつまらない。「ネットで読める程度」のこと以上の話を聞いたことがありません。思わず笑ってしまうことは、外国の学者たちや日本からの留学生たちが毎日やっていることが「ネットを調べること」だったりすること。「そんなことだけなら日本でも自宅でも(今ここで一瞬で)全く同じことができるわい!」と怒りたくなってきます。

たかが3年や5年の留学で、ひとりの人間がドラスティックに変化するでしょうか。そんなことは起こりえないということは、冷静に考えればすぐにでも分かりそうなものです。「留学さえすれば変身できる」(留学しなければ決して変身できない)と思い込まされているところが我々にある。外国語をスラスラしゃべっている人の姿がとにかくカッコヨク見える。耳をそばだててよく聞けば「お腹へったよー。どこで何食べよかねー」とか話しているだけだったりするのですが。

留学しさえすれば、学位を取得しさえすれば、その人が学者になるのではなく、順序は逆です。日本国内で、日本語で、徹底的に学問をしてきた人が、どうしても必要に迫られて留学し、学位を取得して、ようやく「ほんのわずかな根拠」を得るのです。

それに、ヨーロッパのギムナジウムの伝統は最近はかなり根本から見直されているようです。現在教授をしている人たちの世代くらいまでは旧態依然たるものが残っているかもしれませんが、これからは違ってくるはずです。

我々自身が子どもたちの立場に立って考えてみて、「中高生の時代からギリシア語やヘブル語を学びたいだろうか」と自問してみるとよいのです。もっと別の、もっと大切なことがあるのではないでしょうか。私はわが家の中学生にギリシア語やヘブル語を学ばせるつもりはありませんし、そんな拷問で虐めて彼らの一生を台無しにすべきではないと考えています。

もし本当に中高生の頃からギリシア語やヘブル語を学ばなければ神学者になれないというなら、神学者になんかならなくてよいのです。そんなシンガクシャなんて噴飯ものです。

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2009年4月16日 (木)

ともかく「ヴェーバー学」は無い(3)

私の脳みその中身はうんと単純にできていまして、「ヴェーバー学」(≠「ヴェーバー論」、「ヴェーバー研究」、「ヴェーバー理解」など)は日本語としてオカシイでしょうに、ということばかりがどうしても気になるのです。

神学では「バルト学」とかって、口が裂けても言わないようなところがあります(「言わせねえよ」というやつです)。

もちろん神学にもいろいろあるわけですが、改革派系の神学、とくにいわゆる律法の第三用法(キリスト教的倫理規範としての律法)を強調するグループのそれの場合には第一戒・第二戒あたりが常にアクティヴに機能し続けていますので、一個人の過度の祭り上げや偶像化や神格化のようなことが起こることに対する警戒心や監視を怠ることはないでしょう。

「ダヴィンチ学」とか「アインシュタイン学」とか「ハイデガー学」とか「ヴィトゲンシュタイン学」なんて言葉さえ、私は寡聞にして知らない。ひょっとしたら、日本も広いので、そういうたぐいの「学」がどこかにあるのかもしれませんが、もしそういうのに出会った日には、なんて異様な言葉づかいなのかと驚愕し、日本語をナメンナヨ、と怒りはじめることでしょう。

それなのに、なぜマックス・ヴェーバーだけが「ヴェーバー学」なのかが、私には全く理解できないのです。

「丸山眞男学」ってあるんですか? この際「野口英世学」でも何でもいいや。あればぜひ教えてください。確認できたら、この「ヴェーバー学」批判をただちに撤回します。

他の誰にも許されていないのに「ヴェーバー学」だけが許されると私は考えたくありません。

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ともかく「ヴェーバー学」は無い(2)

「ウェスレー・メソジスト学会」はありだと思っています。そう言っておかないと「アジア・カルヴァン学会」も無いってことだよね、と言われそうなので。

それに(やや苦しいかもしれませんが)「ウェスレー・メソジスト学会」にせよ「アジア・カルヴァン学会」にせよ、「学」の字がかかるのは前ではなく後ろ、つまり「ウェスレー・メソジスト学」+「会」ではなく、「ウェスレー・メソジスト」+「学会」ですよね。少なくとも「アジア・カルヴァン学会」の場合はそうです。こちらの「学会」はResearch Societyの翻訳です。

しかし、私がこのたび考えさせられたことは、Calvinology(カルヴィノロジー?)やWesleyology(どう発音するんだろ?)は無いよなー、ということです。

ところが、「ヴェーバー学のすすめ」とか言われる場合のニュアンスはどうなのだろうか、と。私はそのような本を持ってもいないし、買いたいとも思いませんが、もしWeberologie(「ヴェバロロギー」?バルバロイみたいだ)みたいなものが勧められているとしたら、かなり気色悪いなあ、と。

もっとも、私がこのことを言う場合、前記のとおり『ヴェーバー学のすすめ』というタイトルがついた本を持ってもいないし、買いたいとも思わないので、そういうタイトルがついた本の著者自身を批判する意図は全くありません。著者に対する特別な関心も無いし、まして「ルサンチマン」(?)などありえようがありません。

現時点では、「ヴェーバー学」という言葉づかいは「日本語としてどうよ?」と疑問に思っているにすぎません。

そうそう。留学経験が豊富な日本人の学者の中に、日本語が支離滅裂な人が時々いますね。「ヴェーバー学」という字の並びを見ると、そういう人をつい思い出します。

また、たった今、「ルサンチマンは無い」と書いたばかりですが、「も有る」と書いておくほうが刺激的で面白い展開を期待できるかもしれません。私は「偏差値39の大学」の卒業生であることを苦にしてきましたが(「偏差値39の大学」のほうは事実ですが、「苦にしてきた」のほうは冗談で書いていることです。こういう冗談が通じない人々に誤解されることは一応計算済みです)※、「ヴェーバー学」という変な日本語を使う先生は「偏差値80の大学」の名誉教授な人だそうですから。

※このような注記を書かねばならないほど今の日本の偏差値偏重は異常すぎると認識しております。

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ともかく「ヴェーバー学」は無い(1)

羽入辰郎先生の『マックス・ヴェーバーの犯罪』(2002年)と『学問とは何か』(2008年)との二冊が我が家に届いて三日目になりますが、家族や教会のみんなに申し訳ないほどハマりっぱなしです。読書にふけるほどの時間的な余裕があるはずもないのに、本を閉じている間も気になって気になって仕方がありません。

読みふけりながら、もちろんいろんなことを考えさせられています。内容にまで立ち入ったことを書ける段階にはまだありませんが、一つ改めて悟らされつつあることは、ともかく「ヴェーバー学」なるものは無いな、ということです。

神学のあり方に関して前々から気づかされていたことは、「オリゲネス学」も「テルトゥリアヌス学」も「アウグスティヌス学」も無いし、「ルター学」も「カルヴァン学」も「ウェスレー学」も無いし、「バルト学」も「ボンヘッファー学」も「ファン・ルーラー学」も無いな、ということでした。

あるのは「神学」だけです。「教義学」はあると思うし、「倫理学」も「弁証学」もあります。また「聖書神学」も「歴史神学」も「組織神学」も「実践神学」もあります。「キリスト教学」はあってもよいでしょう。しかし、特定の個人名を冠する「学」があるとはどうしても考えられません。オリゲネスもテルトゥリアヌスもアウグスティヌスも、ルターもカルヴァンもウェスレーも、バルトもボンヘッファーもファン・ルーラーも、教会に仕えつつ(このうちバルトは「教会に通っていなかった」と指摘せざるをえませんが)、教会の学としての「神学」、とりわけ「教義学」に取り組んだのです。

他方、「宗教社会学」はあると思うし、「歴史哲学」もあります。ヴェーバーもトレルチもトクヴィルも、それらの「学」を営みはしたと思います。しかし「ヴェーバー学」は無い。「トレルチ学」も「トクヴィル学」も無い。「『ヴェーバー学者』とか呼ばれている人ってどゆこと?」と疑問に思うばかりです。

「夏目学」とか「太宰学」とか「芥川学」とかいうのが実在するでしょうか。どこか変です。ちと気色悪い。

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2009年4月14日 (火)

マックス・ヴェーバーは迷惑だ

「ああヤバい!もうこんな時間かよ。ちっ」と、たった今、我に帰りました。本当はしなければならない仕事(週報原稿の作成です、すみません)を忘れるほど今朝から没頭して読みふけっていた本を、後ろ髪をグイグイひかれながら、そろそろ閉じなければなりません。

今朝、佐川急便が届けてくれたAmazon.co.jpからの荷物、その箱の中から取り出した二冊の本に、昼食を食べるのも忘れそうなほど没頭していました(まあ食べましたが)。

遅ればせながら(本当に「遅ればせながら」)羽入辰郎氏の『マックス・ヴェーバーの犯罪』(2002年)とその続編『学問とは何か』(2008年)(いずれもミネルヴァ書房)をやっと読みはじめることができました。

羽入先生のような大部の著(二冊合わせて八百頁強もある!)を書く力は私にはありませんが、ヴェーバーには言いたいことがかねがね山ほどあったので、「よくぞ言ってくださった」と肯けることばかりです。

ただ、読みはじめた動機としては、まもなく私が書かねばならない小さな作文のための資料の一つに加えうるかどうかを知りたかっただけです。マックス・ヴェーバーというこの人自身(≠この宗教社会学者が研究対象としているプロテスタンティズムと近代精神の関係という問題群)、あるいは羽入先生自身、さらには現在羽入先生との間で激しい論争を続けているらしい折原浩氏という東京大学名誉教授な人自身には、直接的には何の関心もありませんでした(それ自体は申し訳ないことでした。とくに羽入先生ごめんなさい。)

私がまもなく書かねばならない作文そのものは本当に短いものであるため、ネタばらしをしはじめると結局すべてを書いてしまいそうなのでやめますが、今日読みはじめて分かったことは、ヴェーバーの議論のなかで私が問題に感じてきた点に羽入先生は触れておられないようだということでした。ネタはかぶらないと分かり、ひとまずほっとしているところです。

それでも少しだけネタばらししますと、話はごく単純です。これは私の作文の論旨のすべてではなくほんの一部分にすぎないことですが、重要だと思っているポイントを最も短く言えば、ヴェーバーが「カルヴァンおよびカルヴァン主義の中心教理(zentrale dogma)としての予定論」という(現在のカルヴァンおよびカルヴァン主義研究では淘汰克服されているという意味で「古い」)見解を議論の根本に据え、まさにその一点からすべての議論を演繹的に展開していき、ありもしない歴史ドラマをでっち上げていったことの持つ「犯罪性」です。

このヴェーバーの議論で迷惑を被った人(とくに改革派教会の人々)は多いと思います。私は羽入先生ほどの強い心臓も論述能力も持ち合わせておらず、この件に関する一書を物することはできませんし、「マックス・ヴェーバーの犯罪」というタイトルをつけることまでは気が引けます。それでも、私の小さな作文にはせめて「マックス・ヴェーバーは迷惑だ」というサブタイトルくらいは付けてみたいものだと、ひそかに計画しているところです。

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夢が一つ増えました

ちょっと自慢させてください。高校時代の同級生に菊井信二郎さんというとても優れた建築家がいます。当時から、めちゃくちゃ頭がよくて、かっこよくて、人柄も温かくて、すでに十分な威光を放っていました。高校卒業後は全く接点がありませんでしたが、3年ほど前に京浜地区同窓会で再会し、大活躍の様子を知りました。東京マスタープレイストミンタワー台場一番街などの設計をはじめビッグプロジェクトを次々と成功させてこられました。現在は、表参道に堂々たるオフィスを構えておられます。

建築に関して聞いてみたいことがあったので昨日久しぶりにメールを送りましたところ、きっとご多忙中でしょうに、気さくに応じてくださいました。

聞いてみたかったことは、オランダで見てきたあのゴシック式教会堂をもし日本に建てるとしたら、いったいどれくらいの費用がかかるのでしょうかということでした。菊井さん曰く、12メートルほどもある高い天井、その天井の「クロスボールト」と呼ばれる形状、ゴシック特有のたてラインの強調、劇的な光の落ち方などに感動したとのこと。費用はたぶん企業秘密なので書かないでおきますが、私にはそっと教えてくださいました。きわめて的確かつ妥当な数字を瞬時にはじき出してくださり、なるほどそれくらいはかかりそうだと、非常に納得しました。かつて教会堂も提案したことがあるとのことでした。

というわけで、このたび夢が一つ増えました。いつの日か、菊井さんの設計したゴシック式教会堂がそびえたっているのを見てみたいです。そこは22世紀頃にはきっと日本屈指の観光名所になっていることでしょう。

(写真はオランダ・アペルドールン大教会。こういう教会堂が日本にも欲しいところです。もちろんハリボテではなく本格的なものが。)

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2009年4月13日 (月)

裸の理性の行方(3)

誤解のないように申し上げておきますが、私自身はカント主義者ではありません。最初に書いたことの趣旨も(ぜひよく読んでいただきたいのですが)、ごく短い言葉で「近代精神」の思想史的淵源についての説明をしただけです。

今日の日本社会の中でこの意味での「近代精神」と全く付き合わずに生きていける人は、よほど頑丈な壁に囲まれたシェルターかゲットーの住人であるか、人を人とも思わない強靭で排他的な宗教思想の持ち主か、そうでなければかなり鈍感な人です。

また「理性はblos(裸)のまま保ち続けてよいのです」と書いたのも言葉が足りなかったかもしれませんが、もう少しきちんと書くならば「イエス・キリストへの信仰を告白している人々であっても、その中に『裸の理性』に端を発する(いわば過去の)様々な認識が残り続けていると思われるのですが、それを無理に否定したり排泄したり隠匿したりする必要はありません」という意味です。

それと、最初の記事は、ある人に宛てて書いたメールをコピーしたものです。つまり、その人と私との間でだけ理解し合っている文脈(コンテクスト)があるものです。その相手はキリスト者です。キリスト者でない人の話をしているのではありません。

そしてその相手は、詳しくは書けませんが日本では第一位と言われる国立大学の医学部を卒業した医師です。その人が「科学的理性」を全面的に否定しなければ、なんぴとも(改革派の)キリスト者であってはならないのかと悩んでおられたので、「そんなことはないと思いますよ」という意図で申し上げたまでです。

私はと言いますと、「科学的理性」を全面的に肯定しながら同時にキリスト者でありうると信じています。両者の間に矛盾や論理的不整合があってもよいのです。そんなの、どうということはない。

矛盾も論理的不整合も一切存しない、すきっとクリアな思想を持ちうるのは、全知全能の神だけです。なんと幸せなことに、我々自身はなんら神ではありません。矛盾だらけのことを語ろうが考えようが、それで人から責められる筋合いにはありません。

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裸の理性の行方(2)

それではあなたは「再生理性」をどう考えるのかというご質問をいただきました。

私はバリバリ二重予定論者ですので、カイパーらがそう呼ぶ意味での「再生者」と「非再生者」とを区別することには何ら躊躇がありません。

そして、「再生者」の理性と「非再生者」の理性は異なる結論を出すようになるだろうと主張することにも、異存はありません。

ただし私はカイパーのようないわゆる堕落前予定論者ではありません。神が初めから「再生者」と「非再生者」の二種類の人間を創造なさったというふうな信じ方はしていません。初めに神は「はなはだ善き人間」をただ一種類だけ創造してくださったのです。

ですから「再生者」の理性と「非再生者」の理性は、もともとは一つのものです。初めから二種類の理性があったわけではないのです。もともと一つであった(堕落前の)理性は、blossen Vernunft(「たんなる」または「裸の」理性)とカントが呼んでいるものと一致するはずです。

ですから、もともと一つであった(堕落前の)理性は、いわば「共通理性」でしょうし、「普遍理性」と言ってもよいかもしれません。

そして問題は、この「裸の理性」は、再生後は消失するのか、それとも残存するのかです。

私は、それは残存していると信じています。

・前記の意味での「共通理性」を否定することによって「再生理性」を絶対視すべきでないと思うからです。

・「キリスト教的物理学」と「裸の理性に基づく物理学」とがそれぞれ異なる結論を出す(?)としても、内容面で大きな差はないと思うからです。

・「再生理性」に基づく教育を行うべきキリスト教主義(私立)学校の教師のほうが「裸の理性」に基づく教育を行うべき国公立学校の教師よりもエライとも思えないからです。いったん堕落が起こると、キリスト教主義学校の崩れ方のほうがひどい。自浄作用がない。

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2009年4月12日 (日)

裸の理性の行方(1)

4月5日(日)の説教の中で私が強調したかったことは、「信仰とは、納得しようがするまいがそう思うと決めてしまうことである」ということとほとんど一致していますが、微妙な違いもあります。

はっきり申し上げることができる歴史的事情としては、18世紀の哲学者インマヌエル・カントの一書に『たんなる理性の限界内の宗教』(Die Religion innerhalb der Grenzen der blossen Vernunft)というタイトルが付けられているとおり、宗教の中にある理性がとらえきれない要素については「沈黙する」というルールを守ることが近代精神の特質であり続けてきたという点を挙げることができると思います。

カント的な限界設定には良い面もあると私は信じています。理性に対して破壊的に作用する宗教がしばしば凶暴化・狂熱化する危険があることは、わたしたちにとっては体験済みの事実ですから。

理性はblos(裸)のまま保ち続けてよいのです。納得できないことは、納得する必要がないし、納得すべきでもないのです。「疑うトマス」のままであってもよい。「疑うトマス」がいなかったら今日の諸科学は決して起こり得なかったでしょうし、飛行機やロケットが空を飛びまわる時代も見ることができなかったでしょうし、新しい文化的発展など望むべくもなかったでしょう。

私の申し上げたいことは、宗教的教義による科学的理性の否定ではないのです。それは中世の暗黒時代への逆戻りです。「常に改革し続ける教会」(ecclesia semper reformanda)の道ではありません。

私の趣旨を少しややこしく言い直せば、「復活」も「再臨」も、全く未知の将来に起こる出来事であるゆえに、(たった一回限り二千年前に起こったとされるユダヤ人イエスの復活についての使徒的証言を除いては)わたしたちが過去に体験済みの事実から得たデータをもとにして「帰納的に」(inductive)ないし「ア・ポステリオリに」(a posteriori)類推することができない事柄であるということです。

しかし、それにもかかわらず(それがいくら問うても分かりっこないことであるにもかかわらず)、わたしたち人間(21世紀の人間も然り!)は「死んだらどうなるのか」、「私の魂はどこに行くのか」と問い続けるわけです。考えるのをやめろと言われても考えてしまう。この問いはすべての人類の霊的ニードなのだと思います。

その場合に、です。わたしたち教会としては、あるいは牧師としては、人々の霊的ニードに応えることを拒否し、「そんなことはどのみち分かりっこないことなんだから、問うこと自体をやめましょう。理性などは一刻も早く捨ててしまいましょう。そのうえで、神という不可視的存在に絶対的に帰依しましょう」と、一種の思考停止を奨励するほうがよいか。

いや、そうではなく、「聖書にはこんなふうに書いてあります。実をいえば、私にも信じきれない面がたくさんあるのです。でも、悪いことを信じるよりは、良いことを信じるほうがハッピーではありませんか。科学的・論理的に描出されるカタストロフィ(地球温暖化、環境破壊、核戦争、人類滅亡)の物語も『必ずそうなる』とか『絶対に不可避的』などと言い出すや否や、その人の話は一種の信仰と化し、一種の宗教と化しているのですから」と笑いながら語るほうがよいか。

私は後者のほうが「理性的」であると思っているのです。

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2009年4月10日 (金)

東関東教室メールマガジン第2号を発行しました

「改革派神学研修所 東関東教室」のメールマガジン第2号を発行できました。ちょっとほっとしています。

改革派神学研修所 東関東教室ホームページ
http://higashikanto.reformed.jp/

改革派神学研修所 東関東教室メールマガジン
http://groups.yahoo.co.jp/group/rti-higashikanto/

東関東教室とは直接関係ありませんが、山本信太郎さんが博士論文『イングランド宗教改革の社会史 ミッド・テューダー期の教区教会』(立教大学出版会、2009年)を出版なさったとのことで、本当に良かったなあと我がことのように嬉しく思いました。

このところは嬉しいことが続いています。教会ではこのたび久しぶりに洗礼式を執行することになりました。ご本人曰く「17年間の求道生活の末です」とのこと。素晴らしいことです。

また、松戸小金原教会の前身である「小金原キリスト伝道所」で今から38年前に当時生後3か月で幼児洗礼を受けた方が、別の教会でこのイースターに信仰告白をなさることになりました。神の恵みの確かさを知る思いです。

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2009年4月 8日 (水)

恥の多い生涯を送って来ました

「小説家になりたい」という夢を抱いたことは一度もありませんが、「これってどう言ったらいいのか分かんねえよ」な気分のときに、小説のようなものをつい書き始めてしまいます。そのアウトプット先を私のブログ集の中に設けました。

「関口 康 小説」(↓)です。
http://novel.reformed.jp/

毎週の説教原稿を書いているのも私、雑誌や紀要に掲載していただく論文を書いているのも私、ブログにいろいろ書いているのも私、そして小説の中で「これってどう言ったらいいのか分かんねえよ」なことを言語化したがっているのも私です。

「ぜひお読みください。」とは決してお勧めしません。「ぜひ読まないでください。」とお願いしておきます。

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2009年4月 7日 (火)

「教会に通わない神学者」の『教会的な教義学』(11)

教区・支区・分区が(長老主義的な意味での)「教会会議」として機能することがありえない日本基督教団の中では、何かコトが起こったときには「信徒の立場で」、つまりおそらくは「一個人としての立場で」断固として戦うか、そうでなければ別の教団・教派へと移るかしかないんです、選択肢は。

でも、そのどちらの道を選んでも「そういうやり方ってキリスト者としてどうよ?」とカウンターパンチが飛んでくる。「愛がない」とか「冷たい」とか「自分の筋を通すことにしか興味ねえのか」とか、それこそ「信徒の分際で牧師様に向かって物申すとは、何をか言わんやだ」とか、いろいろ言われる。

私はですね、そういうことを口にして自己保身を図るクダラネエ牧師にだけはなりたくなかったんです。

そして実際の日本基督教団は、かつても・今も・これからも、各個教会の現実においては色濃く「教派主義的なるもの」のままであり続けるでしょう。

だって、考えてもみてください。

たとえば、聖餐式を(ローマの伝統に則って)「恵みの座」で行うか、(ツヴィングリ式に)会衆席まで個別に運ぶかは、どう考えてもあれか・これかです。「両方同時に行う」という芸当はおそらく決して成り立ちません。

あるいは、説教を「万人救済主義」に立って語るか、「特定救済主義」(いわゆる予定論)に立って語るかも、たぶんあれか・これかです。「両方同時に語る」という芸当ができる人は、天才か、そうでなければ自己統合が極度に難しくなっている人です。

現実の各個教会は、すべて「教派主義的なもの」で満ち満ちています。それらすべてをローラーでおしつぶし、「一つの日本基督教団」にしようとすることは事実上不可能であり、現実離れしたイデア的空想であり、虚しい思弁にすぎません。

また、各個教会の教派主義的現実に対して弾圧的に機能する「一つの日本基督教団」の理念形そのものは、それこそまさに実のところは「教派主義的なもの」を一歩も超えていなかったりするものであったとかになると、もはや笑止です。

「教派主義的なるもの」を小馬鹿にして笑う人々に言いたいですよ。あなたがたは、ご自分たちが笑っておられるそれを何一つ、一ミリたりとも超えられていないですよと。笑えば笑うほど自分の無知と恥をさらすだけですよと。

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2009年4月 6日 (月)

「教会に通わない神学者」の『教会的な教義学』(10)

「第二ラウンド」の意味が誤解されそうだと分かりましたので付言しておきます。

「第二ラウンド」とは日本基督教団の創立(三十余派の旧教派の合同)そのものの是非であると、そのように表現することも全く不可能であるとは言えません。しかしそうなりますと、それはもっぱら日本基督教団の外部からの第三者的な論評であるということで処理されてしまい、そのような無責任な言葉は傾聴に値しないという一言で片づけられてしまいます。

しかし、私自身は、その種の(教団の外からの第三者的な)論評は、はっきり言って嫌いです。あまり良いたとえではありませんが、「できちゃった婚」で生まれちゃった子どもに向かって「できちゃうべきではなかった」とか「生まれちゃうべきではなかった」とか言うのに似ています。そのような言い草を私は(自分なりの定義をしながら)「原理主義」と呼んでいます。

現実に生じている事実から目を背け、「そもそも、こうあるべきだった」とか「あのとき、ああすべきでなかった」などと語る。それは言っても意味のないことですし、現に存在するものを否定しているのですから、事実上「死ね」と言っているのと同じことです。

従って、私自身は「第二ラウンド」という言葉をそのような意味で用いることはありませんし、また東神大関係者が用いる場合も、そのような意味ではありません。

それでは「第二ラウンド」とはどういう意味かと言いますと、合同教会としての日本基督教団の中の各個教会における旧教派的伝統というものを「生かす」(つまり「多様性尊重の道を選ぶ」)のか、それとも「殺す」(つまり「強制的同質化の道を選ぶ」)のかの戦いであるということです。

だれもが知っている事実は、たとえ日本基督教団であっても、各個教会の現実は(本人たちがどれほど否定しようとも)色濃く「教派主義的な何か」です。

同じ日本基督教団の中で、ある教会は「連続講解説教」をしている。ある教会は「ハイデルベルク信仰問答」で受洗準備会をしている。ある教会の洗礼式には「浸礼槽」が用いられる。ある教会の聖餐式は「恵みの座」に跪いて行う。ある教会は礼拝の中で「異言」を語る。

少なくとも1990年代の前半までの日本基督教団は、そのような多様性を尊重してきました。 ところが、その後の教団に大きな変化が起こりました(と私は受けとりました)。「強制的同質化」(Gleichschaltung)は言い過ぎかもしれませんが、「教団は合同教会なのだから」という分かりやすいが無内容の殺し文句をもって各個教会の「教派主義的なるもの」に対して弾圧的発言を繰り返す人々が台頭してきたのです。

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「信徒のミカタ」ではないことに絶句

「次世代の教会をゲンキにする応援マガジン」なる『ミニストリー』(Ministry)が創刊されるとのこと、同慶の至りです。今日届いたキリスト新聞最新号の「全面広告」を拝見しました。

しかし最も大きな字で書かれたキャッチコピーに絶句。「牧師のミカタ、創刊。」

ウソかハッタリであっても「信徒のミカタ、創刊。」とは書かない(または「書けない」)ところに、ある独特のリアリズムを感じはしましたが、なるべくなら見たくなかった表現でしたね。

本音を思い切りぶちまけたい気持ちなら私にだってありますが、陽の下を堂々と歩きたいならパンツぐらい穿けよと言いたいところです。

「説教の塾」についても、そう。そこで営まれていることは立派であり、関わっている人々は立派であるとは思いますが、基本的なベクトルがちょうど正反対の方向を向いているような気がしてならないのです。

なぜ「牧師のミカタ」なのでしょうか。なぜ「説教の塾」なのでしょうか。牧師たちの自意識が過剰すぎるのではないでしょうか。「おれを忘れるな」(Niet te vergeten mij)を言いたがりすぎではないでしょうか。

あるいは、牧師たちがまるで被害者意識のようなものを持ちすぎているのではないでしょうか。癒されたがり、慰められたがりの傾向が強すぎるのではないでしょうか。

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「教会に通わない神学者」の『教会的な教義学』(9)

小学校などの先生でも「勉強しない人」や「倫理的に問題ある人」、けっこういますよね。教え方がひどくて、モンスターペアレンツに突き上げられたりするダメ教師たち。この人々に対する文科省的な対応としては、従来的にはほとんどもっぱら「人事異動」で何とかしてきた。最近では「教員免許の定期更新」や「再研修制度」でしょうか。牧師の場合も、これに似たことを考えるとよいのかもしれません。

しかし、たとえば日本基督教団の場合は、各個教会の上に立つ上部政体であるべきところ(教団、教区、支区・分区)に今私が書いたような文科省的対応ができるほどの権限はありませんよね。「勉強しない牧師」であろうと「倫理的に問題ある牧師」であろうと「異端」であろうと、その人を辞めさせることや変わって(替わって)もらうことは誰にもできない。出て行ってもらいたければ私刑的つるしあげ(いわゆるリンチですね)でもするしかないし、それでも動かない場合は不満を持つ教会員の側が出ていくしかない。

しかし、その種の私刑的対応や離脱行為は「クリスチャンとしてどうよ?」という殺し文句で糾弾されることしばしばで、それをする側に(生涯消えない)罪悪感が残ったりする。どっちが悪いのか、わけわからなくなる。

はっきり言っておきますが、日本基督教団の教団は長老主義的な意味での「大会」ではあり(なり)えないし、教区や市区・分区は「中会」ではあり(なり)えません。そのことを過去68年の日本基督教団の歴史が証明していると思います。

だからこそ、日本基督教団の中で長老主義を重んじようとする人々は「連合長老会」を作ろうとします。その考えや意図はごもっともなものです。しかし牧師の人事に関する事柄はきわめて法的な、しかも宗教法人法的なものです。「連合長老会」は任意の団体ですので「宗教法人日本基督教団○○教会」にかかわりえません。

日本キリスト改革派教会も日本キリスト教会も、そして日本基督教団の連合長老会も不完全な長老主義しか実現できておらず、理想形には程遠いことは認めざるをえません。しかし断言できることは、日本キリスト改革派教会と日本キリスト教会は日本基督教団の連合長老会の方々に対して深い関心と同情を持ち続けているということです。

ですから私は、長老主義を重んじたいという願いから日本基督教団の連合長老会系の教会で主に仕える道をお選びになる方々のことは、お世辞でなく尊重してきたつもりです。

しかし、教団連長の諸教会が「宗教法人日本基督教団」の法規のもとに統治されている状態にとどまっておられるかぎり、日本キリスト改革派教会としても日本キリスト教会としても、法的・政治的な意味での公的なアクセスの取りようがないんです。一緒の勉強会くらいなら何年でも何十年でも続けられるんですけどね。

本当のところをいえば、日本キリスト改革派教会と日本キリスト教会と教団連合長老会との公的な「フェデレーション」を作りたいんです。これはかなり真面目な話です。しかし、そのためにはやはり、連長のみなさんが教団を飛び出す勇気を持っていただく他はないような気がしていますが、これはこんなところに書くことではないかもしれません。

問題は、連長の皆さんにとって「一緒にはできない」相手とは誰なのかです。20年くらい前の東京神学大学あたりで使われはじめたタームを持ち出すとしたら、いわゆる教団問題(事の本質から言えば「東神大紛争」)には「第一ラウンド」と「第二ラウンド」があるのです。

「第一ラウンド」は、1969年問題とも言われてきたものです。社会派とか何とか呼ばれた人々との戦いです。「無差別聖餐問題」などもこの文脈に属します。この戦いはすでに終わっているか、あるいはまもなく終わるでしょう。外面的には熾烈な戦いの様相を呈してきたことを私も体験的に知っていますが、事の本質としては他愛のない、神学的には児戯にすぎない戦いです。

「第二ラウンド」は、隠喩的ないし暗示的に1941年問題と言うべきです。合同教会としての教団のそもそもの本質を問う。「教団の中に旧教派伝統を(≠が)残し(≠残り)続けるべきか」を問う。「教団は合同教会なのだから」という殺し文句で旧教派伝統を弾圧する人々を容認しうるかという問題です。

私の見方を率直に言わせていただけば、連長の皆さんは今のままでは「第二ラウンド」の戦いには負けるだろうと思っています。これを戦わなければならないほどのモチベーションが見当たらない、またはきわめて低いんじゃないかと。

「第二ラウンド」は神学的にはあまりにも深刻なものなので、まさに決死の覚悟が必要ですが、外面的には「敬虔の衣をかぶった論敵たち」との戦いになりますので、本質が見えにくいし、後味が悪い。いつまでも引きずるイヤーな罪悪感が残ります。

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2009年4月 4日 (土)

「教会に通わない神学者」の『教会的な教義学』(8)

しかし、我々の前に突きつけられているこの矛盾は、ただちに我々自身の絶望の理由にはならないと私は考えています。

こと日本の場合、神学部・神学大学・神学校のいわゆる「教授ポスト」はきわめて僅少であるため、その椅子に座ることを目標にする人のほとんどは、絶望の淵に立たされることになるでしょう。

しかし、事柄の順序を考えてみれば、「教授ポスト」に座ることができた人が必ず神学ができるようになるわけではなく、むしろ逆。神学ができる人が「教授ポスト」に座るレースに参加する資格を得るのです。

留学や学位取得も然りです。留学すれば、学位を取得すれば、必ず自動的に神学ができるようになるわけではありません。

順序はむしろ逆なのであって、日本の教会に心底から仕えて来、また十分に噛み砕かれた日本語で神学を営んで来た人だけが、留学と学位取得によってさらなる(ほんのわずかな)根拠を得ることができるのです。

ですから、「神学者」に求められる最も重要な能力は、私なりの表現でいえば「自作自演力」です。

自ら説教し、もちろんそのために自ら原稿を書き、その延長線上で論文を書き、本にする。それを自ら出版にまでこぎつけ、自ら宣伝し、自ら「売り歩く」。

その人はそのうち「教授ポスト」に座れるかもしれないし、座れないかもしれない。しかし、そんなことには全くお構いなしに、ただひたすら自ら神学し続ける。神学そのものは、聖書と歴史的諸文献と辞書、そして紙と鉛筆さえあれば、いつでも、そして誰にでも可能です!既存の「教授ポスト」が空いていなければ、自らそれ(教授ポスト)を創出しさえする。そして究極的には、一つの(新しい)教団・教派さえ要求しはじめる。

たとえば、典型的にカルヴァンはそのような人だったのだと私は理解しています。

「教会に通わない神学者」の『教会的な教義学』は傾聴に値しません。しかし、『教会的な教義学』の著者(バルトだけの話ではない!)が「新しい教会」(ただしキリスト教の奥深い伝統に立つ教会!)を自ら創出し、その教会に自ら通うというならば、話は別です。

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「教会に通わない神学者」の『教会的な教義学』(7)

「牧師養成と教会と神学の関係」については、いちおう私なりの考えがあるといえばありますが、いまだかつて披瀝して批判を請うたことがありませんので、他の人たちとは一致しないかもしれません。十分に整理もできていません。

私の考えるところによれば、教会の牧師(=「牧会」をする人=「説教」だけしていればよいわけではない人)になるために必要なのは、重要な順として(1)実践力、(2)自活力(いろんな意味での)、(3)神学的論理、であると思います。

牧師の現実によく似ていると思われるのは、小学校や中学校や高等学校の先生たちの現実です。または幼稚園の先生と言うべきかもしれない。求められるのは、要するに、キリスト教について何の知識もない人々に、イロハのイの字から・手取り足取り、教え聞かせる力がある人。 教会は宣教の最前線(アヴァンギャルド)なのですから。

小・中・高の先生は、通常「教科書を書く人」ではありません。「教科書を書く人」は、ダンゼン大学の先生たちでしょう。というか、「教科書を書く仕事」に関心がある人たちは、小・中・高の先生になるべきではないと思います。大学の先生になるべきです。

こう書くのは、小・中・高の先生よりも大学の先生のほうが「上」だという意味ではありません。役割が違うと言っているだけです。「教科書を書く人」と「その教科書を用いて教える人」は分業すべきだと言っているだけです。

しかし、このたとえには明らかな限界があります。教会の場合は、牧師の視座から見た教会の現実を知らない人には、「牧師の教科書」は決して書くことができません。牧師をやったことがない人にそれは書けません。

事実、いわゆる一流の(改革派系)教義学者たちには皆、教会での牧会経験があります。20世紀の人でいえば、カール・バルト然り、ファン・ルーラー然り、ベルカウワー然り、ユルゲン・モルトマン然りです。

しかし、日本の大学の先生たちの中に小・中・高の先生を体験してから大学の先生になるというコースを辿る人がどれくらいいるでしょうか。一人もいないとは思いませんが、私はそのような人を寡聞にして知りません。

ところが、牧師と神学者の関係は、いわばそのようなものです。

「神学の教科書を書く仕事」(神学者)は「その教科書を用いて教える仕事」(牧師)をしたことがある人でなければできません。

また、教会をサボってガリベンしなければ論文の一つも書けないような人の書いた教科書などお話しにもなりません。言語道断、唾棄すべきものです。

しかしまた、それと同時に、「教科書を書く仕事」と「教科書を教える仕事」は分業すべきでもあると、非常に矛盾したことも言わなくてはならないのです。

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2009年4月 2日 (木)

「教会に通わない神学者」の『教会的な教義学』(6)

「神学は人格」と言い続けてくれる先生がおられるそうです。それは素晴らしいことです。爪の垢までは煎じて飲みたくありませんが、そういうことを言ってくれる先生は尊敬できます。

しかし、「神学」だけを特別扱いすべきではありませんよね(その先生が神学を特別扱いしておられると言いたいわけではありませんが)。

「人格」が問われるのは神学だけではなく、いわばすべての学問に当てはまることだと思います。まあ、これもファン・ルーラーの受け売りですけどね。

神学の対象である「神」は偉大ですが、神学は人間の営む学問であり、神学者は人間です。神学自体が他の学問より偉いわけではないし、神学者自体が他の学者たちより偉いわけでもない。

そして、神学者は人間以上のものではないし、人間以下のものであってもならない。

ファン・ルーラーは、「我々は学者以上のものにならなければならない。すなわち、我々は人間にならなければならない(We zullen mensen moeten worden)」と言いました。

どんなに誇り高き学位記を手にしえたとしても「人間としてどうよ?」な神学者にだけはなってはならない。今の時代に「神学者」を名乗りたい人々は、そういうことを強く自分に言い聞かせる必要があるように思います。

留学しようと、何博士になろうと、「上から目線な人」なんかには絶対ならないでほしいです。

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「教会に通わない神学者」の『教会的な教義学』(5)

改革派の神学者は、W. J. ファン・アッセルト先生の言葉を借りれば「カルヴァン主義者にならないかぎり、カルヴァンをラディカルに相対化できる」ところがあります。カルヴァンを批判しても改革派神学者のままでいることが可能です。

しかし、たとえば、いったん「ルター派」を名乗ってしまいますと、どうしてもルターという一人の歴史的人物から一歩も離れられなくなってしまいますよね。人の名前を付けた教会のすべてが悪いと言うつもりは私にはありませんが、キリスト教を極端に狭めてしまう危険性と隣り合わせにあるような気がしてなりません。

バルトの場合は、「バルト派教会」という教団があるわけではないし、バルト自身は「バルト主義者」を忌み嫌っていたということはよく知られていることではあります。

しかし、なぜでしょうか、私の知るかぎり、バルトを愛する人々の多くは強い排他性をもちはじめます。

というか基本が「上から目線」です。なんといっても「20世紀最大の神学者」のファンクラブですから。百歩譲ってバルトが「最大」であることを認めるとしても、バルトのファンたち自身は別に「最大」でも何でもないんですけどね。自分はバルトじゃないのに、まるで自分が「最大」であるかのようになっちゃう。どこかでとんでもない勘違いに陥っているんですね、きっと。

また、これはオランダの話ですが、20世紀のオランダ人でバルトの親友となり自らバルト主義者になったK. H. ミスコッテという人がいるのですが、この人が亡くなった後、彼の息子が出版した追悼論文集のタイトルが『ミスコッテを忘れるな』(Niet te vergeten Miskotte)っていうんです。

自分の父親の追悼論文集にどんなタイトルをつけようと遺族の勝手だと言われればそれまでですが、センスとしては最低だし、何となくみっともないと感じるのは私だけでしょうか。とくに、「忘れるな」とか実の息子さんから言われますと、私などはひねくれていますので、かえってますます見苦しいし、「必死だなー」とか笑ってしまいます。

ミスコッテのことはバルトとは直接的には関係ないことではありますが、結論として思うことは、人の名前と結びつく信仰というのは薄氷の上を歩くに似た危うさがありますよねということです。

ドイツには「ディートリッヒ・ボンヘッファー教会」という名前の教会が結構あるようですが、そういうのも結局似たような運命を辿るような気がします。

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「教会に通わない神学者」の『教会的な教義学』(4)

私が書いたものの多くはブログにさらしていますし、紀要や雑誌に載せていただいたものも数分もあれば読み終えられるほどの小さなものしかありません。 翻訳のほうも、私自身はこれで理解できると思える日本語になってはいても、それを「商品化」するとなると、話は全く別です。日本語として理解可能でありかつ正確なものにならないかぎり、恥ずかしくて世に出せません。

「大学を場にする神学者たち」(その意味でのアカデミックな神学者)とは違い、私にとって「出版」とは、私が「牧師であること」にとっては全く必然性のないことですから、その意味ではまさに「オプション」であり、「贅沢」であり、「遊び」です。 こんなふうに思っているから、私は「出版」という念願をいつまでたっても実現できないのかもしれませんし、たぶんそうなのでしょう。

しかし、これは別に、否定的な意味や卑屈な意味で書いていることではありません。 「大学教授であること(神学部であろうと何学部であろうと)」が「牧師であること」よりも上だとは思わないし、逆も然りです。そもそも「どちらが上か」などと張り合う関係にはないし、存在として競合もしません。無意味で無駄で無益な戦いは避けるべきでしょう。

しかし、いったん「出版」という世界に足を踏み入れたら、そこから始まるのは、血も涙もない勝負の世界でしょう。「どちらが売れたか」で決まる世界。出したもん勝ち、売れたもん勝ちの世界でしょう。 その出したもん勝ち、売れたもん勝ちの世界の中では、「学歴」やら「学位」やらが役に立ってしまうところがあることも事実です。

神学者と牧師の両立の難しさは、時間や能力だけの問題ではなく、このあたりのこと(牧師の仕事は「本を書いて売ること」ではないが、大学教授の仕事は「本を書いて売ること」であるということ)にもあるのではないかと思われます。本質的に矛盾する二つの仕事を両立させることが難しいのです。

私のアジェンダは、はっきりしています。

(1)ファン・ルーラーの神学についての分かりやすい解説書を「売る」(「売れる状況を日本に創出する」という途方もない課題を含む)。

(2)日本語版『ファン・ルーラー著作集』(規模はともかく)を出版して「売る」(これも同じく「売れる状況を日本に創出する」という課題を当然含む)。

(3)(1)と(2)をもって、将来だれかが書いてくれるはずの、21世紀の日本の教会的状況に対応しうる新しい『改革派教義学教本』(仮称)のネタ元の一つにしていただく。この本は私が書くものではないので(書けねーし)、これを「売る」仕事に関しては手伝うことができるだけです。

(4)そのだれかが書いてくれた『改革派教義学教本』(仮称)を熟読することによって、明確な現代的・教義学的・神学的骨格を持つ「分かりやすい説教」ができるようになる。そうすれば、日曜日に私の説教を聴いてくださった方が「今日の説教はちんぷんかんぷんで何も分からなかった」と悲しい思いにならなくて済むようになる(かもしれない)。

僅かにこれだけです。大げさに「アジェンダ」などと呼ぶほどのことでもない。しかし、私は(1)から(4)までどころか、(1)だけでも一生かかるか、果たし終えぬまま人生が終わってしまうんだろうなあと分かっているつもりです。

「神学者になる」は、私にとっては「奇蹟」です。一人の王貞治、一人のイチローの陰で、何万人の球児たちが夢果たせぬまま涙しているか。それと同じことが「神学者」にも当てはまると思っています。

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セオブロギアン(苦笑)

コブクロは妻が熱心で、私は感化されてファンになりました。妻は二人の子供を連れて東京ドームやさいたまスーパーアリーナのコンサートに行くのですが、私はいつも留守番です。自動車の中には彼らの全CDが常備されています。

かなり重度の我田引水ですが、コブクロがストリートを始めた1998年は、図らずも、私が日本キリスト改革派教会の教師になった年だったりするので、彼らの過去10年間の苦闘の軌跡は、まさに私自身の苦闘と重なるものと感じられ、彼らの歌を聴くたびにヒトゴトには思えないのです。

しかし、彼らはレコード大賞の極みに達し、かたや私は10年前に抱いた「出版」という念願をいまだに果たすことができません。彼らの足元にも及びません(私は最近、悔し紛れに自分のことをセオブロギアン(theoblogian)と呼びたくなっています)。

5年ほど前からの口癖は「早く人間になりたい」(by妖怪人間)なのですが、まだまだ道は遠いです。ファン・ルーラーのオランダ語テキストとほぼ毎日格闘しているのですが、なかなか日本語になってくれません。申し訳ない気持ちでいっぱいです。

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2009年4月 1日 (水)

mixiのプロフィールを更新しました

久しぶりにというか、入会以来初めて、mixiのプロフィールを更新しました。

自己紹介:

千葉県松戸市の日本キリスト改革派松戸小金原教会で牧師をしています。高校3年の夏休みに一生の職業を考える中で「牧師」になることを決心し、それ以来全く迷うことなくこの道を歩んできました。私にとって「牧師」とは、職業以上のものではないし、職業以下のものでもありません。しかしこれは間違いなく楽しくやりがいのある仕事です。自分の職業を決めかねている人には「牧師」になることをお勧めいたします。

今週の説教
http://sermon.reformed.jp/

改革派教義学
http://dogmatics.reformed.jp/

関口 康 日記
http://ysekiguchi.reformed.jp/

プロフィール
http://ysekiguchi.reformed.jp/profile.html

好きな音楽:

コブクロ

好きな映画:

最近ので良かったのは「ハンサム☆スーツ」かな(ヒトゴトとは思えない)

好きな言葉:

「最良は堕落すると最悪と化す」(corruptio optimi pessima)

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