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2008年10月

2008年10月30日 (木)

ブログ小説を始めました

ブログ小説を始めることにしました。タイトルは「復活のひかり」です。

小説 「復活のひかり」(URL移転しました)

(新URL) http://novel.reformed.jp/

(旧URL) http://geocities.yahoo.co.jp/gl/reformed_jp/

ナニ、これでも私、岡山朝日高校の伝統ある「文学部」の部長を務めたこともあるのです。学園祭で販売する同人誌『朝日文学』に短編の小説を書きました。部員がほとんどいなかったので、バスケ部とか陸上部の人たちに原稿を書いてもらいました(この人たちがまた、なかなか文才あるんだ)。部費は全く無かったので岡山市内のスポーツ用品店やらを駆けずり回って「大々的に宣伝させていただきますので!」と、広告料を集める仕事もしました。オタクと言うなかれ、そのとき身に付けたことが今でも非常に役立っています。

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2008年10月25日 (土)

特別伝道集会が終わりました

去る10月19日(日)松戸小金原教会の特別伝道集会が無事終了しました。テーマ「死と葬儀~あなたを独りで死なせない~」、講師は関口康でした。当日の説教(テキスト版、PDF版、PDF音声)をいつものように私設ブログ「今週の説教」にアップしておきました。また、当日配布した松戸小金原教会『葬儀の手引き』(第二版試案)や、事前に配布した特別伝道集会チラシもダウンロードできるようにしておきました。全国の諸教会でこの時期行われているすべての特別伝道集会が祝福されますようにお祈りいたします。

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2008年10月 8日 (水)

緒形拳さん

緒形拳さん死去の一報に驚きました。私にとっては思い出深い俳優です。岡山の県立高校に通っていた頃、親の目を盗んで見た(というほどでもない)映画が、緒形さん主演の「北斎漫画」でした。若き日の(失礼)田中裕子さんや樋口可南子さんの美しさに心底魅了されました。あの映画を見た日、私の心に小さからぬ何かの疼きが始まったように思います。緒形さんがうらやましかった。「男」を教えてくれた人でした。(切ない)青春の一ページとして書き残しておきます。

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2008年10月 7日 (火)

今年は「ファン・ルーラー生誕百年」です

「忙しい」という言葉をできれば口にしたくないのですが、そうであると言わざるをえない状況が(あいかわらず)続いております。今年は「ファン・ルーラー生誕百年」として過ごしておりますが、その中でのファン・ルーラー研究会としての小さな働きを紹介できる運びになりました。

(1)日本基督教団改革長老教会協議会の季刊『教会』誌の最新号(第69号、2008年秋号)より、牧田吉和先生の訳によるファン・ルーラーの論文「キリスト論的視点と聖霊論的視点の構造的差違」の連載が始まりました。

この論文は、ドイツの説教学者ルードルフ・ボーレン先生の主著『説教学』の「第4章 聖霊」において大々的に取り上げられたことによってファン・ルーラーの名を世界的に知らしめたものです。「キリスト論的視点」と「聖霊論的視点」の区別は、厳密な組織神学的方法論において整理されたものとしてはファン・ルーラー自身が「発見者の喜び」をもって見出したものであり、現代神学に一種のコペルニクス的転回をもたらしたものであると評してよいものです。もちろん、ファン・ルーラーに反対する人々はまさにこの点(そのような区別ができるのかという点)に異論を唱えることが多いのですが、それはともかく、この論文におけるファン・ルーラーの主張を無視して現代神学について語ることは、今や不可能というべきです。そのような非常に重要な論文の全訳がこのたび公開されはじめたことを心から喜ぶと共に、多くの反応を期待しています。ご労力くださっている牧田吉和先生に、格別の感謝を申し上げます。

(2)今月10月1日発行の神戸改革派神学校紀要『改革派神学』の最新号(第35号、神戸改革派神学校創立60周年特別記念号)に、拙論「説教・教会形成・政治参加、そして神学――A. A. ファン・ルーラーの『教会的実践』の軌跡――」が掲載されました。

この論文は、昨年9月10日のファン・ルーラー研究会第5回神学セミナー(於日本基督教団頌栄教会)で私が行った研究発表「伝道と教会形成、そして神学」に大幅な加筆修正を施してまとめ直したものです。私のものはともかく、『改革派神学』最新号には優れた論文が多く掲載されています。組織神学関連では、市川康則校長の「エミール・ブルンナーの弁証的、宣教的神学」と、石原知弘先生の「オランダ改革派神学における敬虔の意義」は、必読の論文です。一冊1,800円です。どなたもぜひお買い求めくださいますよう、お願いいたします。

今年の前半は心身ともに疲れや弱りを覚えていましたが、このところかなり元気を回復しております。牧田先生からは「集中力を高めよ」と叱咤激励をいただきました。本当にそのとおりと、ありがたいお言葉に感謝しています。

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2008年10月 2日 (木)

ウェストミンスター信仰規準は根本主義を助長するか

PDF版はここをクリックしてください

「ジュネーヴ信仰問答とハイデルベルク信仰問答は身近に扱うが、ウェストミンスター信仰規準はやや遠ざける。参考にするが、そのままでは使えない。あれは今は亡き正統主義の遺産である。ウェストミンスター信仰規準は、根本主義(ファンダメンタリズム)を助長する」。ジュネーヴ信仰問答(カルヴァン自身)とハイデルベルク信仰問答とウェストミンスター信仰規準の関係についてのこうしたとらえ方は、20世紀前半のいわゆる「弁証法神学」に端を発し、今では一つの「典型」(「標準」ではない)となっているものですので、いつでも判で押したような同様の意見が表明されること自体は大目に見る必要があります。しかし私が願うことは、その発想を修正してもらいたいということです。三者の関係についての耳にタコができるほど聞き飽きた典型的な説明に接するたびに、ずっと前からいつか文句を言ってやろうと思っていました。今日の専門的な見地からすれば、かなり古い(文字どおり「前世紀的な」)とらえ方であると言わなくてはなりません。おそらくはウェストミンスター信仰規準を論難するためのベースにしている資料が古いのです。きっとウェストミンスター君が答えるでしょう、「ボクはキミたちがボクのことを決めつけ的に『お前はこういうヤツだ』と言ってきたようなものではないよ」と。このところ季刊『教会』誌でウェストミンスター大教理問答のリレー黙想が行われていたり、最新号(第72号、2008年秋季号)に至っては「カルヴァンの(二重)予定論」の特集があったりして、「時代が変わってきたに違いない」と小躍りしていたのですが、ぬか喜びだったのでしょうか。

第一に申し上げたいことは、もしウェストミンスター信仰規準を「亡き正統主義の遺産」と呼ぶべきであるならば、ジュネーヴ信仰問答やハイデルベルク信仰問答も十分な意味で「亡き正統主義の遺産」であるということです。「正統主義」かどうかという点は、今となっては、前二者と後者とを対立的にとらえる理由にはなりえません。「16世紀のものは良かったけど17世紀のものはちょっとね」というとらえ方は、カルヴァンからハイデルベルク信仰問答くらいまでは柔軟性があったが、ウェストミンスター信仰規準には二重予定論のようなものが前面に出て来て硬直化するからダメだという議論でしょう。しかしそれは「ナザレのイエスは良かったけどパウロ以降のキリスト教はちょっとね」とか、「原始教会は良かったけどローマの国教になってからの教会はちょっとね」とか言っているのと、ほぼ似たようなものです。「ルターは良かったけどメランヒトン以降の諸々はね」とか「マルクスは良かったけどマルクス主義者はね」とか「バルトは良かったけどバルト主義者はね」とか「植村先生は良かったけどあとの諸々はね」とかいうのも類似した論理です。要するに、批判の放火から(教祖的)創始者だけを救出して信者たちを皆殺しにする論理です。出版事業者的な発想というべきかもしれません。(教祖的)創始者たちの(ハードカバー付き)著作集を温存するために、あとの諸々をエピゴーネン扱いしてバッサリ切り捨てる論理です。実に冷たいし、乱暴で危険な議論です。 あるいは、「大陸系」と「英米系」とを対立的にとらえる視点も、いかにも「前世紀的」です。いまだに「弁証法神学」に立つ人々のことはさておき、改革派信仰告白についての今日の有力な研究者たちは、カルヴァン自身とハイデルベルク信仰問答とウェストミンスター信仰規準の三者を「契約神学」という点で発展的に連続しているものとしてとらえています。三者は同一の被告席に連座すべき存在です。

第二に申し上げたいことは、しばしば「ウェストミンスターは」と一口に言われますが、周知のとおり、ウェストミンスター信仰規準は、信仰告白、大教理問答、小教理問答の三部構成であることが忘れられてはならないということです。ウェストミンスター信仰規準のうち、規模や内容の点でジュネーヴ信仰問答やハイデルベルク信仰問答と直接的に比較可能なのは、小教理問答だけです。ウェストミンスター小教理問答には、ジュネーヴ信仰問答やハイデルベルク信仰問答と同様、たとえば「二重予定論」への直接的な言及はありません。「災いしている」と非難されなければならないほどの「詳述」は、小教理問答に限っては、ありません。問題は「二重予定論」だけではないかもしれませんけれども。ジュネーヴ信仰問答やハイデルベルク信仰問答は、たしかに「抄述」にとどまっているかもしれませんが、これらが「抄述」にとどまりえたのは、あの巨大なカルヴァンの『キリスト教綱要』の影響力が甚大でありえた時期の産物だからです。ジュネーヴ信仰問答と同じ著者によって書かれた『キリスト教綱要』における「二重予定論」への言及はあまりにも明白です。つまり、「詳述」か「抄述」かという観点が問題にされる場合は、比較すべき対象を「ジュネーヴ信仰問答、ハイデルベルク信仰問答、ウェストミンスター信仰規準」と単純に並べるだけではアンフェアです。むしろ、(抄述にとどまっている)「ジュネーヴ信仰問答、ハイデルベルク信仰問答」に対しては(これも抄述にとどまっている)「ウェストミンスター小教理問答」に限るべきです。 そして、(詳述されている)ウェストミンスターの「大教理問答」と「信仰告白」は(これも詳述されている)カルヴァンの『キリスト教綱要』とこそ比較すべきです。

第三に申し上げたいことは、ウェストミンスター信仰規準は、16世紀から17世紀にかけてのヨーロッパ大陸とブリテン島に散在していた改革派神学者たちの「合作」であるという点が忘れられてはならないということです。この信仰規準を作成したウェストミンスター神学者会議の主要なメンバーがブリテン島のピューリタンたちであったことは、なるほど歴史的事実です。ところが、彼らのうち有力な人々は、ジュネーヴやユトレヒトやフラネカーなどに留学して大陸の著名な改革派神学者たちの薫陶をしっかり受けていますし、大陸で起こったさまざまなな神学論争の経緯を熟知しています。ウェストミンスター神学者会議のメンバーの主要な関心事は、16世紀のツヴィングリやカルヴァンら(第一次)宗教改革者たちが積み残した問題や16世紀の宗教改革者たちこそが発端になって始まった神学論争を解決し、ヨーロッパ大陸とブリテン島の宗教改革運動を一致と平和のうちに推進することであったと言って間違いありません。つまり、ウェストミンスター信仰規準がジュネーヴ信仰問答(カルヴァン自身)やハイデルベルク信仰問答よりも「詳述」されているのは、16世紀のラフでプリミティヴな解決策ではとてもじゃないが収まらなかった多くの論争に終止符を打とうとするためであったわけですから、いわば当たり前のことであり、要請された課題に対して丁寧かつ慎重に応えようと努力した結果であるということです。また、ウェストミンスター神学者会議は国会によって召集されたものであり、そこで決議された事柄は国会に答申すべきものだったわけですから、神学者会議にかけられていた期待は、まさに「国民の期待」というべきものでした。国民の期待に対して国会の諮問機関が「抄述」をもって曖昧な答申をするばかりでお茶を濁しているようでは、総スカンを食らっても仕方ありません。彼らはそんなに不真面目な人々ではなかったと理解すべきでしょう。

ウェストミンスター信仰規準の取り扱い方については、同じウェストミンスター信仰規準を採用しておられる他の教派の内部事情までは分かりませんが、我々に関してははっきりしています。我々はウェストミンスター信仰規準を教派創立の初めから、自分たちの手になる「新しい信条」を作成するまでの“暫定的な”参考書と考えてきました。この理解は私が勝手に言っていることではなく、(“暫定的な”という表現を実際に使用してきたかどうかはともかく)公的に確認されてきたことです。我々には「日本基督改革派創立宣言」(1946年)、そして教派創立20周年以降10年ごとに公表してきた「創立○○周年記念宣言」とその解説書とがあります。とくに30周年以降はテーマが明確です。「教会と国家について」(30周年)、「聖書について」(40周年)、「予定論について」「伝道について」(50周年)、「終末の希望について」(60周年)です。これらの宣言(ステートメント)は現時点ではウェストミンスター信仰規準(スタンダード)に取って換えられるものではないし、信仰規準ほどの拘束力はありません。しかし、大会の正規の議論と決議を経て公的に採択されたものですから、大会議員たち(教師・長老)は当然拘束されますし、我々の教会会議(大会・中会・小会)の議論と決議とに大きな影響を及ぼすものであることは間違いありません。そして、これらの宣言(ステートメント)が、将来における「わが教会の新しい信条」を作成するためのきわめて重要な下書きとしての意味を持つことも間違いありません。つまり、別の言い方をすれば、我々にとってウェストミンスター信仰規準は「いつか必ず卒業すべきもの」であったし、今もそうあり続けているということです。ただし、卒業できるのは、きちんと入学した人、一生懸命勉強した人、及第点をとれた人に限ります。生半可な知識しかない人、勉強していない人は卒業できません。そもそも入学していない人は、卒業できないどころか語る資格もありません。耳学問なんてお話しになりません。神戸改革派神学校初代校長、岡田稔先生の言葉を借りれば、我々がウェストミンスター信仰規準を学ぶのは「座布団のうえに正座すること」です。しかし、我々は何も、四六時中、正座しているわけではありません。根本主義の特徴のうちにしばしば数えられる「処女降誕」の教理については、私自身の立場を申せば、三位一体の神の第二位格としての永遠のロゴスである神の御子キリストが人間マリアから「肉」(サルクス)を摂取したもうたことは「歴史的事実」であると信じています。 マリアが神の御子キリストを懐妊したのがヨセフと結婚する前であったと聖書に明記されている点も「すげえ!」と普通に驚いておけばよいことであって、目くじらを立てて文句を言わねばならないほどのことではありません。私は、教会ではいつも、「処女降誕を信じることができない人はユーモアがない人です」と説明することにしています。

ともかく我々の教派は、このところ、かつての根本主義的傾向から意識的に脱してきています。しかしその変革はウェストミンスター信仰規準を捨てることによってではなく、むしろ徹底化することによってこそなし得たことであるという点を何とかご理解いただきたいものです。「ウェストミンスター信仰規準は根本主義を助長する」というバッシングは我々の体験的事実に反します。もしこの教派が「根本主義」であるというなら、かつての根本主義者たちが「冗談でしょ」と笑うか「ふざけるな」と怒るかの、どちらかでしょう。実際にその教派に住んでいる住民が証言しているのだから間違いありません。こちらが必死で変わろうとしているのだから、我々のことを批判してきた人々のほうも変わっていただかなければ。せめて少なくとも、お互いの間の偏見や決めつけのようなことは、なるべく取り去るようにしたいものです。ただし、「ウェストミンスター信仰規準を卒業すること」と「ウェストミンスター信仰規準を捨てること」とは全く違います。それはちょうど我々が自分の出身学校を「卒業したこと」と「捨てること」(?)が全く違うのと同じです。この点をご理解いただけるなら、私が申し上げる「我々の教派は、ウェストミンスター信仰規準を徹底化することによって根本主義を克服してきた」という意味もお分かりいただけると信じます。「ウェストミンスター信仰規準の徹底化」とは、「ウェストミンスター根本主義」(ウェストミンスターに記された文言こそが一字一句誤りなき神の言葉であるとでも言っているかのような硬直化)に陥ることではありえず、あくまでも「ウェストミンスター信仰規準を卒業すること」を(暫定)目標とするトータルかつ徹底的な研究であるということです。

しかし、「入学」とか「卒業」とか書くのは、あくまでもたとえです。神学校の入学・卒業の意味ではありません。念頭にあるのは、ウェストミンスター信仰規準をよく知りもしないでバッシングしてきた、ある一定のグループの人々のことです。「ウェストミンスター信仰規準は根本主義を助長する」という標語と共に永い間、ネガティヴキャンペーンのもとに打たれ続けてきたのは我々です。もちろんかつては言われるとおりの事実があったこと(ウェストミンスター信仰規準を強調する人々の中に根本主義的な傾向を持つ人々がいたこと)を認めざるをえませんので、被害者意識のようなものを持っているわけではありませんが、我々自身の自己改革が進展し(エクレシア・センペル・レフォルマンダ(常に改革され続ける教会)ですから!)、大きく状況が変わってきてから後にもなお、我々の行き方が正当に評価されていないことを残念に思ってきました。私は、我々の教派がウェストミンスター信仰規準を採用した最初の動機は、とにかく「(カルヴァン的)二重予定論」の擁護という点にあったのではないかと考えています。つまり、万人救済主義ないし普遍救済主義への反対です。この点(神の予定が二重的であること)さえ明記されている改革派教会の歴史的な信仰告白であるならば(もしそのようなものがあるならば)、何が何でもウェストミンスター信仰規準でなければならなかったわけでもない。しかし、現時点で(暫定的に)モアベター(≠ベスト)な参考書でありうるのがウェストミンスター信仰規準である。もっと良いものが見つかるようなら、いつでも乗り換えうる。我々の教派の創立期の神学者、とくに岡田稔先生の文章を読むたびにそのような感触を得ています。私は、現在日本の教会に横行しているいわゆる「無差別聖餐」に対する反対の最終的な根拠は神の予定の二重性(二重予定論)しかないと信じています。万人救済論ないし普遍救済主義のままでフリー聖餐論者に反対できるでしょうか。我々の教派の内部に「無差別聖餐」を主張する教師は一人もいませんのでやや部外者的な見地からの物言いになってしまいますが、この問題で今まさに苦戦を強いられている方々こそがウェストミンスター信仰規準をしっかり学ばれるほうがよろしいのではないでしょうかと考えています。

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