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2008年4月

2008年4月25日 (金)

聖書台としての聖書

新しい『ファン・ルーラー著作集』第二巻から、さっそく一つの論文を邦訳しました。タイトルは「聖書台としての聖書」(De bijbel als lezenaar)、初出は1967年です。「聖書台」(lezenaar)とは、礼拝堂の(通常は)前方に立つ説教壇の上の「聖書を置く台」のことです。「聖書台としての聖書」とは、聖書が「聖書を置く台」にされているということ?この不可解なタイトルの意味を知りたいと思い、読んでいるうちに全訳したくなりました。開けてみると、強烈な刺激に満ちた痛快な論文でした。「ファン・ルーラー研究会」のメーリングリストで紹介しました。たぶん本邦初訳です。

A. A. ファン・ルーラー著/関口 康訳 「聖書台としての聖書」(1967年) PDF版 (Please Click)

※「ファン・ルーラー研究会」のメーリングリストは新規参加者を募集中です。参加は無料ですが、匿名での参加はお断りしています。参加希望者は管理者までお気軽にお申し込みください。

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2008年4月24日 (木)

「日本の神学書」評(2/2)

ファン・ルーラーは、自分より上と見た相手、とくに国際的影響力を甚大と見た相手に対しては、歯に衣着せず、容赦なく批判した人です。そのファン・ルーラーが、こともあろうに、マルティン・ルター、ヘルマン・コールブルッヘ、カール・バルトの三人をつかまえて、「ルター、コールブルッヘ、バルトのような教義学者はモノマニー(偏執)の危険に陥りかねない」(A. A. van Ruler, VW, deel 1, 92)と言い放っていたということを最近知りました。もちろんそれは、ルターがもっぱら「義認論」を、コールブルッヘがもっぱら「恩恵論」を、バルトはもっぱら「キリスト論」を、一点集中的に過度に強調して語ったことを指しています。水戸黄門の印籠のように!○○の一つ覚えのように!「義認」や「恩恵」や「キリスト」が重要でないと語るキリスト者が多くいるとは思いたくありません。しかしだからこそ、そこが罠にもなるのです。誰も反論できない重要な事柄を一つだけ前面に掲げ、あとは数の力に任せて突進してくる相手に反対するのは容易なことではありません。最近では「日本プロテスタント宣教150周年」というワンフレーズがやたらと目につくようになりました。しかし、「同語反復」や「ワンフレーズポリティクス」は、今日の我々のごく常識的な認識においては、まさに洗脳の方法でもあり、大衆扇動の手段でもあるでしょう。「我々もあれと同じことをやりますか?」(そんなことは恥ずかしくて私にはできそうもない)という問いが残るのです。私は、(改革派的・キリスト教的)教義学の各論を、各領域に固有な原則に立って(同語反復や一元論的偏執に陥らないで)、とことんまで突き詰めて論じている書物を、ファン・ルーラーのもの以外に見たことがありません。医学の知識は皆無なのでとんちんかんなことを考えているのかもしれませんが、たとえば「眼科医の論理」と「耳鼻科の論理」と「産婦人科医の論理」と「泌尿器科医の論理」は同じでしょうか。同じ論理や視点をどの分野にも等しく当てはめることができるのでしょうか。それは無理であろうと私には感じられます。お腹が痛いときに眼科で診てもらおうと思う人は、たぶんいません。教義学においてさえ、啓示論と聖書論とキリスト論と聖霊論と終末論は、それぞれ異なる論理や視点を持っているのです。オルガンとピアノとハープとヴァイオリンとトランペットを「音楽」の一言で括った途端に「あはは、大雑把ですね」と笑われるのと同じように、キリスト論の論理で聖書論や教会論や宣教論を解こうとしたり、キリスト論の論理で聖霊論を説明しようとすることは大雑把すぎるし、議論の内容としては全くお話しにならないものです。総論や概説のようなものだけを読んで「キリスト教が分かりました」と語ることはできません。ミクロ的視点を持つべき専門家たちは、各論に固有な論理を尊重しなければなりません。何でもかんでも一緒くたにすることは、端的に言って暴論なのです。それとも、各論の専門家レベルのミクロ的知識や議論を「書物の形態」に期待することは無理というべきでしょうか。「売れる本」でありさえすれば、それで良いのでしょうか。

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「日本の神学書」評(1/2)

日本で出版される「神学書」と呼ばれているものの多く、とりわけ「組織神学」に関するそれ、なかでも「教義学」に関するそれは、たとえていえば、あの『家庭の医学』(時事通信社)のようなものばかりであると感じてきました。『家庭の医学』はとても立派な書物であり、私自身、大変重宝しています。が、しかし、あれを百回熟読しても「医師」を名のることはできないと思いますし、(法的な意味での)「医療行為」を行うこともできません。日本の組織神学の書物の現実も、それと限りなく似ているものがあると言わざるをえません。見かけるのは総論と概説ばかり。教会史的・神学思想史的鳥瞰図が紹介されている便利なものは増えてきましたが、所詮、歴史は歴史です。過去のだれそれさんが何をどのように主張し、それがその後の歴史においてどのような影響を及ぼしたかは、知識や教養のたぐいとしては、いくらあっても困ることはありません。しかしまた、だからといって、そのあたりのことがどれだけ詳しく書かれてあっても、そのうちだんだん「だから何?」(So what?)という不快な気分になってきます。不断の日進月歩を続けているのは医学も教義学も同じです。最新の状況に対応できる最新の知識と技術を手にしている人が真の専門家と呼びうるでしょう。21世紀の人々に16世紀や17世紀の人間が語った言葉をただ伝言するだけなら、「それは昔話である」と認識されても仕方がないでしょう。教義学は、教会の歩みが続くかぎり、社会と教会の関係が続くかぎり、いえ、神に造られた人間が存在し続けるかぎり、日進月歩を続けていきます。もちろん「改革派教義学」も、事情は全く同じです。「改革派教義学」が16世紀の宗教改革期に始まったものであることは否定しませんが、「17世紀に完成された」と語ることはできません。21世紀の今日に至るまで、それは完成しておらず、日々変化し、絶えず試行錯誤がなされています。なぜそのような変化が起こるのでしょうか。私が特に考えていることは、「神の啓示を人間が受信する場合、我々人間は、それをとりわけ意識と感性という皿の上で受けとめようとする」という点です。意識と感性は・・・ほら、今この瞬間にも変化し続けているではありませんか!「聴く耳」が絶えず変化していくのですから、「語る口」のほうもその変化に対応せざるをえなくなるでしょう。マスコミの影響力も大きいです。神学と説教がポピュリズム(大衆迎合主義と訳しておきます)に陥ることへの警戒心は、当然のことのように私も持っています。しかし他方で、私にとっての深刻な問題は、神学と説教において「受けを狙う」必要はないけれども、だからといって同じようなフレーズを繰り返すばかりでは「飽きられてしまう」ということです。20年前に私もそこにいた説教学の講義の中、教授によって発せられた「居眠りを誘発する説教は神学的に正しいか」という問いかけに、今なら確信をもって答えることができそうです。「人間はどうしたら啓示を認識することができるだろうか」という問いを前にしたとき、我々は、人間の意識と感性などの側面を無視するような態度をとるべきではありません。その側面を無視するような神学は、少なくとも「改革派神学」ではありません。

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『ファン・ルーラー著作集』第二巻、配本開始!

昨日のことですが、わが家に新しい『ファン・ルーラー著作集』(Verzameld Werk)の第二巻が届きました。第二巻のタイトルは「啓示と聖書」(Openbaring en Heilige Schrift)です。昨年日本語版が出版された『キリスト教会と旧約聖書』のオリジナル版(オランダ語版)が収録されています!(日本語版はドイツ語版に基づく重訳です)。また、驚くなかれ、ファン・ルーラーがまだ22才、まだフローニンゲン大学の神学生であった1930年にTaphという名の神学研究会(学生サークル)で行なった神学講演、「神学的認識論における三位一体論的思惟」(Het trinitarisch denken in de theologische kenleer)が収録されています。この講演は次のように始まっています。「神学的認識論において啓示の主観的側面が問われる場合は、次のように問われる。神の御言葉はどうしたら我々へと(tot ons)語られうるものとなり、かつ聴かれうるものとなるのだろうか。人間はどうしたら啓示を認識することができるのだろうか」。このとき意識されているのは、もちろんカール・バルトです。第二巻は全518ページです。編者ディルク・ファン・ケーレン博士の丁寧な解説と厳密な校注がしっかりと付いています。オランダプロテスタント神学大学で「ファン・ルーラー神学講座」を担当なさっているH. W. ドクネイフ名誉教授がこのたびの新しい著作集の刊行を「オランダの国民的事件だ!」と言って絶賛なさったことが伝えられています。評判と期待どおりの最高傑作に仕上がっています。今の私の悩みは「わたしはなぜもっとオランダ語をスラスラ読めないのか。なぜもっと上手な日本語に訳せないのか」ということに尽きます。イライラ焦る気持ちばかり募ります。我々の最重要課題である日本の伝道や教会形成は、安直なハウツー本や(質・量共に)薄くて軽い教理解説書程度のものを読むだけで果たしうるものではありません。私は「日本の伝道と教会形成のためにファン・ルーラーを読まねばならない理由がある」と信じて、(多くの事を犠牲にして)読んでいます。

『ファン・ルーラー著作集』第二巻 収録論文リスト

第一部 啓示論と認識論

神学的認識論における三位一体論的思惟
神学原理(principium theologiae)としての聖書
自然と恩恵
接合点
神学的認識の限定性
自然神学と啓示神学
自然神学の問題のもう一つの側面

第二部 聖書論

聖書の権威と信仰の確かさ
信仰の土台としての聖書
啓示・聖書・伝統(神学的問題としての正典)
聖書論(locus de scriptura sacra)の意義
聖書台としての聖書
聖書の権威と教会
聖書との交わりの形成

第三部 旧約聖書論

アモスとホセア
アブラハムと二十世紀
旧約聖書の意義(1)
新約聖書における旧約聖書論
旧約聖書の意義(2)
旧約聖書の成就
キリスト教会と旧約聖書

第四部 学問的文脈における聖書黙想

開講礼拝説教
開講礼拝説教
マグニフィカート

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2008年4月23日 (水)

神学の役割としてのネーミング

「自分の手で辞書をめくれ!」にいただいたコメントも再び本編で―)

コメントごもっともです。ありがとうございます。ご指摘いただいた「意識化できない背景知」や「ふるまい」なる要素は、おそらくは《文化》ないし《習慣》の一種と言い換えうるものでしょう(こんなカビ臭い表現しか持ち出せないことを悔しく思います。なるべくなら現代思想のブリリアントな用語なども巧みに使いこなせるようになりたいものです)。そしてまた、そもそも問題にしておられたことは、「神学のセンス」が涵養される場としての「キリスト者家庭」ということでした。牧師になる・ならないは別の問題でした。教会史における「神学」の歴史的起源という問題を考えてみても、おそらくは会堂ないし各家庭における「神礼拝の体験的現実」のほうが「神学」の成立よりも先行していたに違いない。まさかいくらなんでも、まず何よりも先に純粋理論としての「神学」が存在し、それが神礼拝にかかわるすべての体験的現実を産出したという順序ではありえないでしょう(そのようなことが起こりえたのは、おそらく天地創造の最初の一瞬だけです)。その意味では、「神学」の役割は、理論よりも先行する(社会と教会における宗教的な)体験的現実の一つ一つに「名前をつけていくこと」(ネーミング)でもあるだろうという点に思い至ります。私などもたしかに、クリスマスやイースターやペンテコステの(神学的・教理的)意味など知らない頃からそれらを祝っていましたし、物心つく頃から「日曜日の朝は教会に行くものだ」ということが習慣づけられていました。「わたしはなぜクリスマスやイースターやペンテコステを祝わねばならないのか」とか「わたしはなぜ日曜日の朝は教会に行かねばならないのか」というようなことが真剣な意味で《問題》になったことは、私の場合、実を言うと、いまだかつて一度もありません。ですから、そのあたりまで遡って問い詰めて来る人を前にすると答えに窮してしまうところが私にはあります。「まあ慣れてください、あっはっは」とか言って、ごまかしてしまいます。しかし、逆のほうから言わせていただけば、私にとっては、盆も・暮れも・初詣も、桃の節句も・端午の節句も、お焼香も・お清めの塩なども、全く無縁でしたし、ただひたすら違和感のみを覚える《異文化》にすぎません。そのようなことが行われている場面に立ち会うたびに、それこそ一から十まで「なぜこのようなことを、このわたしがしなければならないのか」という疑問だらけです。やり方も知らないし、興味もありません。私は(二週間を除いては)日本から一歩も外に出たことがない人間なのですが、時々「あなたは日本人としての常識がない」と言われることがあります。そう言われるときは返す言葉がないので、たいてい黙ってやり過ごします。また、そういうときに「まあ慣れてください、あっはっは」とでも言って適当に受け流してくれる人がいればまだ救われるものがあるのですが、たいていは睨みつけられるか、あるいは白眼視されることが多かったため(日本人て何でこうなんですかね?私も正真正銘の日本人ですが)、そういう場所に行かずに済むものならできるだけ行きたくないという気持ちをわりと幼い頃から持っていたことを正直に白状しておきます。他の宗教に対する軽蔑や差別意識などは微塵もないのですが、強い違和感があるということは否定しがたい事実です。西日本(岡山県岡山市)出身の私が生まれて初めて(国鉄時代の)上野駅のホームで立ち食いうどんを注文したときに「どんぶりの底が見えないほど黒々としたうどんつゆ」を見た時に感じたのと同じくらいの違和感とショックを、他の宗教に対して感じます。この国の右翼的なタイプの人から見れば、私などは「究極の左」か「左の外」(?)にいる人間に見えるかもしれません。はっきり自覚していることは、「神学」を自分で学ぶことによってこの位置に立ちえたという順序ではなく、この位置でずっと長らく生きてきた私にとって「神学」は安住の地であったという順序です。もし私が「神学なしでは生きていけない」と語る場合は、常にこの意味です。「カナンの言葉」を失うと、私の日常会話が成り立たなくなるのです。

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2008年4月22日 (火)

インターネットのオモシロ体験

これも一つの自虐ネタですが、インターネットの世界で体験する面白い出来事を書きとめておきます。GoogleYahooなどの検索サイトで「関口康」をサーチすると、本来ならば私のごとき低く小さな存在とは競い合う関係にありえない高く大きな舞台でご活躍中の「関口康」さんと、とが、どこかしら競い合っているかのように見える格好でヒットすることに気づきます。泣く子も黙る輝かしい経歴と実力をお持ちであることを拝察しうる方です。外見もスマートでイケメン。周囲の人から「王子さま」と呼ばれてこられた方ではないかと勝手な想像をめぐらすばかりです。私よりも17歳も年上でいらっしゃるのに、私のほうがよほど「じいや」に見えるだろうと感じます。かなり高い蓋然性をもつ推測として言いうることは、私のサイトを見に来てくださる方々の中には、かの「関口康」さんのところに行こうとして間違ってこちらに来てしまわれた方も少なからずおられるだろうということです。こういうことをブログに書きますと、これがまた検索サイトに引っかかってどなたかの目にとまることになり、そのうちかの「関口康」さんもこれをお読みになるときがくるかもしれないと思うと、あまり迂闊なことは書けません。もし可能でしたら、ご本人のお近くにおられる方々には、「千葉県松戸市に住んでいる同姓同名の改革派教会の牧師が、関口社長のことを陰ながら尊敬し、応援しております」とお伝えいただきたくお願い申し上げます。

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2008年4月17日 (木)

自分の手で辞書をめくれ!

「日曜日に救われる(3/3)」にお寄せいただいたコメントへのお返事を本編のほうに書かせていただきます。私の人生に直接関わる大問題なのです!)

コメントありがとうございました。牧師の道をゼロ地点から出発して苦労して歩いてきた者にとっては、牧師家庭に生まれ育って牧師になったような人のことがうらやましく感じることがあります。しかし、牧師の子供の中には「牧師になど死んでもなりたくない」と心に誓っている人が少なくありません。自分も牧師になった人の中には「親の仕事を受け継いだつもりはない」と言い張る人もいます。私の今の考えは、どのような家庭に生まれようと、教育環境にどれほど恵まれていようと、「自分の意思で入れようとして入れたことしか、正確なものは出てこない」ということです。言いたいことは頭の中身の問題です。インプットとアウトプットの関係の問題です。オランダ語の本を読んでいると分かるのです。読んだことのない本の中身を正確に説明できる人はいません。また、外国の知らない単語や熟語に接したとき、辞書を調べなくてもその意味が分かるという人は一人もいないはずです(いたりして)。自分の手で辞書をめくった回数が、その人の書きかつ語る言葉の重厚さに比例するでしょう(「自分の手で辞書をめくる」というかなり時代遅れな表現は、象徴的な意味で書いていることです。電子辞書やウェブ辞書などを否定するものではありません。あれは今、かなり重宝しています)。「親の受け売り」や「耳学問」はいかにも軽すぎます。私はそういうのはプライドが許さない。恥を知れと言いたくなります。ぞっとするような薄氷の上を平気で歩いていける人の神経を疑います。加えて、ネポティズム(縁故主義)で成り立っているような教会・教派・教団は、早晩堕落するでしょう。私が知っている最悪のケースは、その教会の初代牧師であった亡き父親を「先代の御霊」と呼んで神聖不可侵(サクトサンクト)の存在に仕立て上げ、教会支配の事実上の手段にしてしまっている二代目牧師です。ここまで来るともはや異端です。教義学的に言えば、「聖霊論」の理解が根本的に間違っています。キリスト論における異端が教会に及ぼすダメージにも相当甚大かつ決定的なものがありますが、聖霊論における異端には人命を危険にさらす猛毒性があります。まさにゼロから、キリスト教の「キ」の字も神学の「し」の字もないところから出発なさった方の好奇心に満ちた目には、美しくさわやかな輝きがあります。牧師は説教壇から一人一人の目の輝きを見ています。澱んだ目を見てしまうと、萎える。美しい目を見ると、力強く語ることができます。牧師とは、どうやらそういう生き物なのです。

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心の声

「この日記を読んでくださっている方々がおられる」ということをできるだけ意識しないように書いて来たつもりですが、全く気にならないと言えば嘘になります。もしよろしければメールください。ysekiguchi@nifty.comです。昨年までと比べると、今年は少しばかり時間のゆとりがあると感じています。先日、中会の副書記の仕事を降ろしていただきましたので、これからはもっとゆとりが増えそうです。その面もあって、アルバイト先を真剣に探しています。できれば非常勤で聖書とキリスト教を教える仕事。「宗教」の教員免許(高校専修・中学一級)を持っています。この数年は「松戸小金原教会への転任」、そして「東関東中会設立」や「アジア・カルヴァン学会日本大会開催(準備と実行)」といった特殊で重い仕事にひたすら追われていました。また、昨年は二本の論文を立て続けに執筆し、神戸改革派神学校紀要『改革派神学』と季刊『教会』誌に掲載していただきました。この種の作文も牧師の仕事の合間を見つけて取り組んだものですので、私にはけっこうな重労働でした。すべて終わって気が抜けて、2月17日に倒れてしまったのかもしれません。これから気合いを入れて立ち上がります。6月に二つ、研究発表(一つは講演)のチャンスをいただくことができました。私の願いは、日本の教会の(再)活性化のために働かせていただき、キリスト者が日本社会に貢献しうるための(神学的・理論的な)土台を築いていくことです。

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2008年4月11日 (金)

日曜日に救われる(3/3)

本題はここから。この落ちこぼれ高校生は、問うても答えを得られない欲求不満でいらいらムシャクシャしているうちに、「不良」と呼ばれる同級生や先輩たちのカッコイイ服装や頭髪を真似してみたくなり、頭髪の色を染めてみようかとか、へんてこな格好をしてみようかと考えました。しかし、そういうことが結局できませんでした。なぜか。「日曜日に教会に通っていたから」です。牧師の説教は終始ちんぷんかんぷんでした。苦痛以外の何ものでもありませんでした。この牧師が説教し続けるかぎりこの苦痛の日々が終わることはないのかと思うと、どうにかなってしまいそうなくらい憂鬱でした。それが生まれてから高校を卒業する18歳までの私の人生でした。しかし、なぜでしょうか、「教会」は私にとって神聖なる場所でした。染めた頭髪やへんてこな格好のままで「礼拝」に出席することが当時の私にはできませんでした。日曜日が「七日ごとに襲いかかってくる」という感覚を得たのはその頃です。「日曜日には普通の姿でいたい。週日に頭髪を染めてしまったら日曜日に教会に行けなくなる(ような気がする)。みっともなくて恥ずかしい。じゃあ、やめておこう」。こんなことを16歳か17歳の頃に考えていたよなあと、妙に懐かしく思い出します。ギムナジウム時代にはバルトやトゥルンアイゼン、カイパーやバーフィンクの神学書、カントやジンメルの哲学書を耽読していたと伝えられるファン・ルーラーとは大違い。アホな高校生でした。

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日曜日に救われる(2/3)

調べるすべがない。でも知りたい!しかし「キリスト教とは何なのか」というこの問いに答えてくれる教師は高校にはいませんでした(求めること自体が間違っていたわけですが)。一家で通っていた教会でしたので単独で別の教会に通うわけに行かず(当時の感覚です)、教会でも学校でも書店でも納得できる答えを教えてもらえない問いの前で、高校の学業そっちのけで(!)ひとり悶絶する日々でした。いわばこれこそが思春期最大の悩みでした。そして、正直なところを言えば、「牧師になりたい。そのために神学校なるものに行きたい」と決心した最初の動機は、まさにこの「キリスト教とは何なのか」という問いの答えを得たいという一点でした。「キリスト教とはこれだ!」と確信を得た「ので」神学校に入学し、牧師になろうとしたわけではありません。その反対でした。大いなる謎と問いと悩みを引っさげて、何の知識もないまま、東京神学大学に駆け込んだ(より正確には「逃げ込んだ」)のです。高校を卒業するまで、神学書など一冊すら読んだことも買ったこともなく、持っていたのは聖書と讃美歌だけでした。その聖書さえほとんど読んだことがありませんでした。また、讃美歌に至っては「待降節」という字の読み方さえ知らない体たらく。東京神学大学の入学試験の結果を言い渡された教授会面接の一部始終を忘れることができません。山内眞先生(当時はたしか助教授。現在は学長)から(私にとってはもちろん初対面の)教授会全員の前で、「まあ他の試験の結果のことはともかくや・・・(しばし間)・・・。そんなことより、聖書(についての知識)の試験のこの結果は、なんじゃいこれ?全く書けてへんやないか!限りなく零点やど。キミどうするつもりや?」と。「は、はい!これから一生懸命勉強します!」とすっとんきょうに裏返る声で答えたところ、教授全員が大爆笑。赤っ恥をかきながらも、内心では「でもなー、この大学は聖書のことを詳しく教えてくれる学校だと思ったから受験する気になったんだけどなあ・・・。公立高校では聖書の『せ』の字もないわけだから、そこを出てこれから大学に入ろうっていう人間が、聖書のことなんか知ってるわけがねーだろうがよー?」と呟いていました。以上は私が「中規模地方都市の公立進学校の落ちこぼれ」だったことの単なる言い訳です。

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日曜日に救われる(1/3)

牧師たちに限らずおそらくすべてのキリスト者が「日曜日に救われる」。「日曜日が定期的に襲いかかってくること」が我々の救いとなり助けとなる。このような日曜日の意義ないし機能に最初に気づいた(ような気がした)のは高校生の頃でした。そう言えばそうだったということを、今日ふと思い出しましたので書きとめておきたくなりました。出身高校は岡山市内の公立校の中では「進学校」と呼ばれる伝統校でした(Wikipediaの記事によると「藩校まで遡れば日本で最も古い歴史を有する高校」なのだそうです。在学中にそのような話を教師たちから自慢げに聞かされた記憶はありませんが)。しかしその中で私はいわゆる落ちこぼれでした。落ちこぼれた理由は隠すほどのことではありません。学校で教えられる内容に全く(本当に「全く」!)興味を持つことができなかっただけです。私の頭と心を完全に支配していた問いは、公立学校では決して教えてくれない「キリスト教とは何なのか」(What is the Christianity?)という一点に尽きるものでした。この問いに答えが与えられないことが原因だとはっきり自覚できるフラストレーションがどんどん溜まっていき、居ても立ってもいられないほどストレスを感じ、他の事柄(学校の勉強も含む)に関心を向けることができず、まさに大爆発しそうでした。理由は当時からはっきり知っていました。乳児期から両親に連れて行かれていた教会の牧師の説教が極度に支離滅裂に感じられて、理解も納得もできなかったからです。反論を企てなければならないと思いました。しかし、反論するためにはそれなりの論拠が必要です。ところが、何が正しいキリスト教であるかを調べたいと願っても、岡山市内にキリスト教書店があることを知らず、近所の小さな書店やデパートの本売場の宗教コーナーを探すのですが、そんなところで見つかるのはせいぜいカッパブックス(笑)の『ノストラダムスの大予言』とかそういうのばかりで、まともなものはありませんでした。

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2008年4月 9日 (水)

人体実験中

最近のことですが体と心から少し力が抜けることがあり、寂しさのような感情にとらわれています。ブログ投稿が週一ペースに落ち込んでしまっていることも無関係とは言えません。家族と教会のみんなが優しいことが助けです。牧師は(×「牧師も」○「牧師は」)人間ですから、当然のことながら一喜一憂の日々です。今週の説教で「キリスト教信仰には感情的な要素があふれています。わたしたちは涙を流してもよいのです。感情的要素を無理に抑え込み、理性的に冷静にふるまうことこそがキリスト教的な態度であるというような考えがあるとしたら、それは間違いなのです」と語ったばかりです。これはファン・ルーラーの受け売りではなく、私自身の(聖書と改革派教義学に基づく)確信です。私はたぶん多くの人の目から見て感情の起伏が少ないというか、平坦(へいたん)というか、冷淡(れいたん)なほうだと見られるような人間であると自覚しています。カモメのジョナサンのような低空飛行人間です。実際に「低血圧、低体温」でもあります。完全に落ちてしまわないが、ほとんど上がらない。「アゲアゲ」とかいう風潮とは正反対。低いところをずーっと水平に長時間どこまでも飛び続けているような感覚があります。幼い頃からスポーツがからっきしダメなのはそのような(平坦・冷淡な)心身の側に原因があるのか、それとも、スポーツをしたことがないからこのような心身になってしまったのかは、調べたことがないので分かりません。しかし、私のような人間が、とくに感情ないし精神の面でいったん不調に陥り(不調というほどの状態まで落ち込んだことはほとんどありませんが!)、感情の起伏が乱高下しはじめると、その後何が起こるかは予想がつかない面があります。上がりも・下がりも急激でないほうがよいと聞かされています。下がっているときは無理に急に上げようとしないで、気持ちが落ち着くのを待つといいのかなと自分の体で人体実験をしてみているところです。しかし、日常的な仕事と生活は上がっていようと・下がっていようと否応なしに襲いかかってきますので、それはそれで安心です。牧師たちは(「牧師たち」だけではないことは分かっているつもりですが!)落ち込んでしまったままで、寝込んでしまったままで、引きこもってしまったままで、7日間以上(水曜日も含めると「3日間以上」)過ごすことができません。陽はまた昇り、日曜日は七日ごとに襲いかかってくるのです。神御自身が牧師たちの尻を叩いてくださり、「こら牧師。引きこもっている場合か。もうすぐ日曜日だ。牧師たちよ、説教に行け!(Dominee, ga uit te preken!)」と叱咤激励してくださるのです。日曜日が「牧師たちを」救ってくれるのです。

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2008年4月 3日 (木)

出版物の「訂正表」はネットで公開しましょう

昨年9月よりオランダで刊行が開始されたファン・ルーラーの新しい著作集(Verzameld Werk)の第二巻(Deel 2)が今月中に出版される運びになりました。第二巻のタイトルは「啓示と聖書」(Openbaring en Heilige Schrift)です。予約注文は以下URLのサイト(↓)から可能です。

http://www.aavanruler.nl/index.php?cId=240

なお、このページ(↑)の「Corrigenda deel 1」の下の「Download」をクリックすると、著作集(Verzameld Werk)第一巻の「訂正表」(PDF文書)が出てきます。たとえ小さなパンフレットのようなものであっても、その編集や出版の責任を少しでも負ったことがある人には、それを出版し終わった後に、ありとあらゆる方面の識者たちから「ここが間違っている」だ「あそこが間違っている」だと突かれ・叩かれ、それらの意見を聴取・収集し、「訂正表」を作成して配布するときのイヤ~な気持ちが分かるものです。編者ディルク・ファン・ケーレンさん(Dr. Dirk van Keulen)も、きっと痛い思いをなさったことでしょう(先ほど励ましのメールを送っておきました。ファン・ケーレンさんはただの「メル友」ですが、たった一歳しか違わないんです。私のほうが年下ですが)。ところが、そのような“恥ずかしいもの”を堂々とネットで全世界に公開するとは、いやはや恐れ入りました。このやり方は我々もぜひ倣わなければ、と思いました。

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2008年4月 1日 (火)

「翻訳は簡単な仕事じゃないんだ」

一年くらい前に見つけた山岡洋一氏のインタビュー記事(以下URL)です。百パーセント納得しながら読むことができました。

http://www.kato.gr.jp/yamaoka.htm

私が山岡氏の存在を知ったのは、近くの古本市場でたまたま見かけ、タイトルに惹かれて購入した『翻訳とは何か 職業としての翻訳』(日外アソシエーツ、2001年)を読んだときです。衝撃と感動を覚え、一晩で読み切りました。「衝撃と感動」の中身は何か。相当口幅ったい言い方ですが、それまで10年近く(「たったの10年」ないし「わずか10年」というべきですが)ファン・ルーラーのオランダ語原典と格闘してきた者として、いろいろと抱き、それをめぐって悩んできた“疑問”や“謎”の正体が、山岡氏の著書によって暴き出され(こちらが「衝撃」)、その“疑問”や“謎”と対決し、克服し、そして“勝利”するための道を示された思いがした(こちらが「感動」)のです。

山岡洋一氏の『翻訳通信』(ネット版) ※私も毎月読んでいます。

http://homepage3.nifty.com/hon-yaku/tsushin/

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